かたり、かたり。物の擦れる音に合わせ、リズム良く体が揺れる。
今はどの辺りを歩いているのだろう。当初は堅かった足音も今は、湿った土を踏みしめるざらついた音に変わっている。
そうすると、とうとう森に入ったのか。であれば、この身の終焉も近いのかもしれない。


……とある一揆参加者の荷物の中。一体のドールが、自身の行く末を慮っていた。




契約主の意思なしでは指一本満足に動かせぬ身ではあるが。過去■■であった影響だろうか、思考と感覚だけは生きている。
こうして歩き出す前に行われた、話し合いの内容を反芻する。
フェアリー。契約。キャパシティオーバー。
嫌な予感はしていた。少し前から、表に出されることが減っていたから。わたしの力が、使われる感覚がなかったから。
指折り数えられた数は8つ。その中にわたしの名は、なかった。


ネクターによる契約は無限に出来るわけではない。一度取ったものを、捨てる必要も出てくる。
エンブリオを仲間にしたのなら、別れるだけで済む。力だけを得たのなら、それは世界へと還るだけだ。
では、わたしは？捨てられ、敗北し、満足して消え去って——ここへ流れ着いた、わたしは。忘れられたまま、朽ちていく事になるのだろうか。
それは、いやだった。二度捨てられるなど、冗談にもならない。わたしひとりのちっぽけな力では、何も出来ない。

『ここ』では誰も、『わたし』を覚えていてくれない。


ドールの思考は、不安と恐怖で埋め尽くされる。ドールにとって、"持ち主"とはそういうものだった。
供養などされたこともないし、知らない。■■は、そういうモノの集まりだったのだから。

満足して消えた筈だった、なのに何故、わたしはここにいるのだろう。
心残りなどない。覚えていてくれるひとがいるだけで、十分だったはずなのに。
何故かわたしは『ここ』にいて……拾われたときに、どうしようもなく、喜んでしまった。
あのとき、敗けたときに消えていれば。もしくは、初めから朽ちていれば。
……わたしが、人間から見たように、ただの意思のないモノだったのなら。こんなことにはならなかったのに。

くどいほどに、同じ問いかけと想像が、思考を巡る。膨れ上がるのは、隅っこに残っていた、妬みの念。


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一方の契約主は、ドールの思考などつゆ知らぬといった顔で歩みを進めている。実際に知らないのだから仕方のないことではあるが。
彼女の思考の大半は、次に作る装備品のデザインについてだった。
戦闘はそもそも本来の役割じゃないし、指示に従って動いていればいいのだから。最近は何故かたまに指示する側にも回るけど。

「……うーん、行き詰った」

自分のものは適当でいいけど、普段作らない剣とかはどうせなら趣向を凝らしたい。
装飾のセンスがあるかは分からないけれど、作れば作るだけ経験にはなる。
たまには悪趣味な方に走ってみてもいいかもしれない、腹いせ代わりに。

「気分転換に小物でも作ろうかなあ……」

そういえばフェアリーに勝利した暁には、仲間がひとり増えるかもしれないのだ。
その時に備えて、新しい衣装を作っておくのもいいかもしれない。
サイズは大丈夫だ、データはすぐにでも採れるのだから。いや、体が大きくなったら知らないけど。
ふふふ、待っているがよい——あ。
……そういえば名前、なんていうんだろ。私が付けたほうがいいんだろうか。


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がさり。一際大きな音に、ドールの意識は思考の底から引き戻された。
気付けば、荷物の揺れは止まっていた。一行は休憩に入ったらしい。何日ぶりかに、荷物の中から引きずり出される。
閉じられた瞳に、朧気ながらも映る景色は……清廉な森だ。暫く歩けば、妖精とやらと遭遇するのだろう。
契約主の手がわたしを支え、磨き布が僅かな汚れを拭ってゆく。……その表情は、見えない。
視界はほぼ利いていないため、この人物の顔の判別すら付かないのだ。判るのは、ネクターによる契約の存在のみ。
妖精戦の前に休息を取るのは判る。だが、何故この場でわたしに構うのか。ドールの思考は、困惑に満ちていた。
心を染めようとしていた妬みが、萎む。生まれる希望を否定しながら、精一杯の勘繰りをする。
近くに、大柄な人物が寄ってきた。確か、契約主の仲間だったと記憶している。

「……なんだフィア、お人形遊びか？似合わないな」

「蹴り飛ばすぞボケナス」

「冗談だ。しかしそいつが動くのを見ると、人形師にしか見えなくてな」

「……ああ、『視えにくい』んだっけ？まあ大丈夫だよ、多分そのうち自分で立ったり喋ったりするよ」

言っている意味が分からない。混乱が加速する。否定に染まった心では、もう何も分からなかった。

ひきこもりたいのも、本心の一部ではありますし。と笑う。
続く言葉にはこくり、頷き。

歯ブラシを受け取って眺め出した。

むなしく歯ブラシの回転する音が響く