闇豹の右手にあった黒い指輪が、左の手に移った。
正式な婚礼というよりは、婚約の証と言えるそれは、彼女の肌によく目立つ。

カゲ。闇から生まれた、闇そのもの。それか、悪魔と呼ぶべき黒。

この世界にいる間だけの恋人、だと思っていた。
人ならざる者を相方する期間を持つのも、それはそれで、と。
何より、データが取れる。どんなデータでも貪欲に欲しがるのは、一つの性に近い。
仕事もこなせるなら、一石二鳥。彼は見た目も悪くない。むしろ良い方で、傍にいるのも心地よい。

一番最初に闇豹が見落とした点を挙げるとすれば、心地よいという感情だろうか。
それは仮面をかぶる立場での、小さな綻びだ。
心地よさは信頼と深くつながっている。そこに相手からの好意が重なれば、安堵を覚える。

彼女は、緩やかに闇の手の中に落ちていたのかもしれない。
ストレート過ぎる愛の言葉と信用は、真綿よりも優しくまとわりつくもの。
カゲの告白を改めて受けた時に、闇豹はきっと、頭のどこかでは理解してたはずだ。

見えぬ首輪を、つけられてしまったと。
エンブリオという存在に当てはめるには、少し異質な彼からの首輪。
気を許した相手には甘い態度を取ってしまう性格が、首輪に錠をかけた気がする。
従うわけではなく、追従するわけでもなく。かといって、その鎖を噛み千切るわけでも無い。



「闇ちゃ」

ティーチェが、グラスを磨く闇豹に声をかける。
薄暗い照明で彩られた喫茶店に今、客の影はない。

「指輪、右のおてて違いましたか？」

気分で変わるものなのかしらと、ティーチェがくりくりした目を向けた。

「うん。指輪ね、左手にすることになったの」

白い布で丁寧に拭われたグラスが、棚へと戻る。
次のグラスが闇豹の手に収まり、滑らかな布が表面を覆う。

「なんで左になったんですの？」
「……逆に聞いちゃうけどぉ、何でだと思う？」

「ええ、なんでしょー。オシャレとか、魔除け？？」

指輪の意味を知らないティーチェは、思いつく限りを上げていく。
しかし、彼女が出すどの単語にも当てはまらないので、闇豹は口元だけでにんまりと笑う。
その笑みはどこか恥じらうようで、首をかしげていたティーチェの眼には異質に見えた。


「好きな人にね、指輪をはめなおしてもらったの」





この言葉に驚いたティーチェは、椅子から転げ落ちてしまった。

香りをかごうと顔を近づけた瞬間「グルァッ!」っと叫ばれる。
い、生きてる？

心の闇を曝け出す様なものだから、ハッキリと口に出すのはやはり辛い。
大切な人にたいしてなら尚更である。

羽毛手先に乗せるようにして、握手にも応じる。
ちびっこに絡まれて困っているような感じ。諦めたようだが。

ダメだった。

ちゃんづけにぐおおとのたうちまわる。

スパイとか似合いそうだよな、と呟いてたり。

ところで会話が若干変な方向に行ってるが誰も突っ込みが居ないのである。
天然VS子供。

レイの見た目はきっちり大人だ。
空を駆ける故に体つきも逞しい箇所がその露出した部分に見受けられる。

ぐぬぬって顔をする闇豹にはいつもの意地悪笑顔。