カラバとの会合の頻度もすっかり多くなってしまった。
大分エリスに近づいてきているということなのだろう。

秋も深まり、メリフリアス河岸で立ち話をするのも肌寒くなってきたということで
今日はカラバがネグラに使ってるという郊外にある廃屋で会合することになった。

とりあえず今日は真っ先にしておく話もまぁ、あった。

先日の忘れられた集落での話、また北の小屋が現在まだ何者かに管理されているだろうとことを報告する。

そう言ってカラバはアウレリオ荘園全域から国境付近にかけての縮尺の広い地図をテーブルに広げる。

なるほど確かに時系列で×印を整理すると正円が毎日移動する形となっている。

まさかそんな。
しかしとりあえずボクらがすべきことはそのネグラを何とか洗い出すことだという方向性は見えてきた。
ただ、現状だと移動の軌線しか手がかりがないのが問題だ・・・。

確かに最近そっちのことで行動することが多かった。お言葉に甘えてちょっと休暇を頂くか。
そんな感じで、今日は軽いやりとりで打ち合わせは終了した。
昼からの時間が丸々余ってしまったのでボクはたまには孤児院の掃除でも手伝おうと寄り道せずに帰った。




帰ってきたらお昼ご飯を済ませたルイーザとリーズルが礼拝堂で何かやっていた。

カラバの特製スープは意外と普通に美味しかった。ネコマンマが出てきたらどうしようかと思ったが。

町内の人達のみで行うささやかなクリスマスパーティーだが、孤児院の子供達としては年に一度の晴れ舞台らしい。
特に今年はグレーテルがデビューになるそうだ。

ルイーザとリーズルはそこで使う皆の衣装をどうしようか考えてたのだ。
テーブルの上に色んなアイデアスケッチを並べながらあっちがいいとかこっちがいいとか話あっていた。
リーズルはなかなかにセンスがいいな。どのアイデアも力作だ。
ルイーザは絵が下手だな。アイデアはともかく何が描いてあるのかイマイチわかんない。

リーズルさん正気ですか？それとも皮肉なの？

どうやら一揆の影響でシヤンハイル地方の大きな養蚕業者が倒産してしまったらしい。
それで今年はその影響でシルクだけでなくコットンなども布地は軒並み高騰してしまっているそうな。

ただでさえ一年に一度しか着ない服なうえ、皆成長期。基本一度限りのものになってしまうらしい。
なので毎年そんなに予算はかけずに孤児院の女子部で何とかするものらしいが、今年は材料費がどうにも予算オーバーだそうな。

カラバにお金をせびってみようかと思ったが、教科書の件もあるしあんまりポンポンお金を出したら怪しまれるな。
ボクはあくまで祖国との繋がりは切れてることになってる。

やばい。

ボクは慌てて二人の会話に割ってはいる。
言うまでもないが、ウロウロしてたのは昏睡状態になった紛れもない、ルイーザ本人だ。
もちろん、ボクのせいである。

危ない危ない。
ルイーザに探索させれる範囲のことは大体やりきったし、そろそろ彼女の内偵活動も一旦停止させたほうがいいな。
続けていれば今後もこんな感じでちょこちょこと目撃者が出てきてしまうだろう。

とりあえず今日のところは図面を片付けて、ついでに礼拝堂の掃除をしておこうってことになった。

リーズルは掃き掃除。ルイーザは書棚の掃除。ボクは机を拭く。

ルイーザが隅の書棚の埃をはたきながら一人ごちる。

ルイーザの言うきったない本とは、例の資料価値のなかった水神教関連の古文書のことだ。

興味なさそうにルイーザは言い捨てた。
やはりリヴァランか。

ボクは拭き掃除をさぼってルイーザの近くの机にもたれかかる。

考えてみればとても異常なことである反面、世の中には妖魔種をはじめ数百年単位で生きる種族自体はいくらでもいる。
孤児院の子供たちも、町の人々も『ただそういうものだ』ということでリヴァランの異常性に関しては慣れきってしまってるらしい。

町には小さい頃リヴァランに遊んで貰ったなどという老婆もいる。
そういう奇妙な話も町の人々はごく自然なことして受け入れきってしまっているのだ。

ボクは雑巾を絞ってリーズルのところへ向かおうとすると、思わず何か段差につまづきかける。

下を見ると・・・例の無骨な床扉がそこにあった。

そうだ。これをずっと、すっかり忘れていた。・・・この下は一体何があるんだ。
足で軽く小突いてみたが、やはり鍵がしてあるようで開く気配はなかった。

突然ルイーザが叫ぶ。

見ると、例の書棚から本を一つ取り出していた。

ルイーザは昏睡中の行動に関しての記憶は残らないが、学習させたことは残ってしまうのか。
ボクは急いでイヤリングのつまみを緩め、ルイーザの肩を掴み顔を近く寄せる。

ルイーザはボクの瞳に吸い込まれるように視線が虚ろになっていく。
やがて彼女は脱力していき、ガクっと膝が崩れかけたところで、ボクは術を止める。

つい今までルイーザが持っていた古文書を渡す。
パラパラとめくるルイーザ。今の操作で一時的に古代文字に対する認識阻害術をかけた。

そう言って振り返ると、顔を真っ青にしたリーズルがそこに立っていた。

・・・見られた！！

リーズルは顔を真っ赤にしてイヤイヤしながら一人でテンションダダ上がりになってる。

リーズルは一切の静止もきかずに礼拝堂の出口まで顔を抑えながらダッシュしていく。
そして、出口で振り返り・・・。

すっごい下世話な笑い方をして退出していった。
くそ、相変わらずスイッチ入ったら展開早いなリーズルは。

ボクとルイーザは呆気にとられてため息をつく。

ルイーザは脱力しきった感じでリーズルを追ってヨタヨタと礼拝堂を出ていった。
だだっ広い礼拝堂には、ボク一人が残された。

ボクは思わず机にへたれかかる。

・・・だけどもはや、時間の問題だな。

わかってはいたんだ。いずれは限界がきてしまうことも。
核心が近づくにつれて、同時に別れの足音も徐々に近づいてくる。


ボクはあとどのくらいここにいることが出来るのだろう。



しかし、そんなボクのセンチメンタルなんかお構いなしにカラバの手紙はそれから間もなく届いた。
手紙には暗号化された文字で、ただ一つだけ、印鑑に記載されていた妖魔の名前だけが記されていた。



『ガルディオ・ペイン＝サタナエル』



ボクは読んだその足で教会裏へ向かい、ただちにそれを焼き捨てた。

少しずつだが、シオンの表情から困惑の色が消えていく。

トガノはそう言いながら、大きく息を吐き出した。
表情に緊張の色などは一切見られない。
本当に言葉通り、ということなのだろう。

どうやら、歴史を学ぶということはシオンの国にはない概念らしい。

いつの間にか、シオンの表情は殆ど泣きそうなそれになっている。

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一心不乱に海面を見つめ始める。
そしてヘリヤの言葉には、目線を返さぬまま本能だけで返している様子だ。

そう言いながらトガノが掴み上げたのは…クラゲだった。

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ハルはひとつ、言い忘れていたことがあったことを思い出す。
ただ…今はもう、その言葉を届ける術はなく。

互いが互いの探り合いであった現状では、知るには色々と足りなさすぎるのかもしれない。