「さて、契約だ、ポーン。僕の駒になりな。どう扱われようが一切文句を言わず、ね」
「……了解した」

言葉とともに、ゆるりとエンブリオは姿を変える。騎士とおぼしき人の姿から、冷たい肌と硬質な身体を持つ、物言わぬ岩の塊のようなものへ。
元の形をほとんどなくしたそれは、それでも変化を終えればこちらへ付き従った。その変化自体が契約成立の証であるという推測は誤ってはいないようだった。ポーン、と呼べば応え、試しに兵舎に転がっていた箱へ攻撃を加えてみるように言っても素直に従った。といっても、その技自体は割いたネクターの量に照らして正しく、実戦ではおよそ使い物にならないレベルではあったが。

エンブリオが姿を変えることは、その性質に関するここ数日での新たな発見のひとつだった。せいぜいそれまでのエンブリオに関する収穫は、敵としていた時には普通に喋っていたものが契約した途端に喋らなくなること、契約者ごとに様々な姿形を取ることくらいに過ぎない。契約の際に何らかの性質的変化があることは明確だったが、それ以上のことを何も得てはいない。この発見でそこに更なる何かが加わった、というわけでもないが。
ポーンに先んじて変化を見せたのはアルラウネだ。契約しているエンブリオの中でも人型に近かったその容姿は、いつの間にかただの蔦と、その先についた貪欲な捕食口の塊になっていた。
これだけの変化があっても能力に何らの変化も見られないのも、また奇妙なことだった。相手を魅了する香りは花からではなく捕食口から、更に言えばそこにある消化液らしいものから漂い、相手へ手傷を残す茨は捕食口の牙へと姿を変えた。

「なるほど、なるほど、契約相手を見るのが上手い」

その様を見れば、パロロコンはすべてを知った調子でただ楽しそうに笑っていた。
何がと問い返す前に、続けて口を開く。機嫌が良いと饒舌になるのが、これの癖であるらしい。

「エンブリオというのは多種多様に及ぶものだ。おまえも見てきた通り、物言わず力の化身、精霊か何かのような形で存在するものもいれば、人間の姿形をして隣人として存在するものも、はたまた一切の姿を見せずに力を貸すものもいる。……私はこの存在の仕方の差について、契約者の意を汲んでいるものと考えるよ」
「望む通りに姿を変える？」
「そういうことだ。契約の成立には契約者とエンブリオ双方の意志が必要だが、今のところエンブリオの方から契約を破棄したという話は聞いたことがない。契約者の意志で一方的に解約が可能だと見るのが妥当だろう。……エンブリオにとり、契約者は今や貴重になったネクターの供給源。多少己の存在を曲げてでも従う価値はあろうさ」

ところで、とパロロコンは言葉を切る。

「おまえは、おまえの初めて契約したエンブリオが『ドール』である理由は、何だと思うかね？」

使えそうなものと見るや、素早く取って懐へ入れてしまう。