あれからまた数日がたったが、ボクはマリアとぎこちない状態が続いていた。

しかし仲直りと言ってもどうすればいいやら。
何かマリアを喜ばせることをすればいいのかなぁ。

しかし、本当のところボクは彼女が一番喜ぶことを知っていた。
孤児院の子供達が幸せになることだ。

きっと、ボクのことよりも。
しかし、どうする。いきなり幸せにすると言っても。

やはり経済状況だろうか。孤児院の経営状態はあまりよくない。
毎日の食事も質素なものだし、就学状況も近くの町の小さなスクールに通わせるのが精一杯の状態だった。

来年からはフリードリヒが町に働きに出るという話を聞いた。
アイツはあれで意外と勉強が出来る。お金さえあれば大学にもいけただろうに。

といってもボクだってそう簡単に大金が用意できるわけではない。
せめて、今少し出来ることがないものか・・・。

もちろん教科書と言ったってかなり高価なものだ。孤児院の子達は皆、数少ない手製の写本を何代にも渡って使いまわしてる。
皆が勉強するには数も足らないし、きちんと学ぼうと思ったらやはりもっとレベルの高いものだって必要だ。
もちろんそんな教科書は普通の物に比べて更に高価なものだ。基本的には貴族や富裕層しか買えないものだった。

しかし、それくらいのものだったら買えるくらいのお金が用意できる心当たりがあった。

ここから少し行ったところに、王国が大規模検地の際にアウレリオ派から接収したネクター園がある。
かなり品質のいい奴で、高価格で取引されるものらしい。

そこからある程度のネクターを採ってこれれば・・・皆が当面勉強できる教科書を買うくらいのお金は作れるんじゃないだろうか。

うん、これだ。

きっとマリアは喜ぶ。
教会の皆も喜んでくれるだろう。

値のはるネクターだけに少々警備も多いだろうが、何とかかいくぐれるだろう。
ボクは剣を持って教会を後にした。

案の定警備は凄かった。というより、想像を遥かに超えてた。

一揆が起こったことにより、王国にとってネクターのもつ意味が全然違うものになっていたのだ。
これまではただのエネルギー資源でしかなかったネクターが、今はちょっとした武器弾薬のようなものになっている。
ネクターの数だけ、エンブリオ契約した反乱軍兵士が増えるということで一層危険視されていたのだ。

しかもここは反乱軍に協力している疑いの強いアウレリオ派の勢力圏内と来てる。
反乱軍がネクターを奪いにくることを懸念して、かなりの数の王国兵が配置されてた。

しかしもうボクも後にひけない。絶対ネクターを多少なりとも持って帰って、教科書を買ってやるんだ。
とりあえず広大な敷地なので外周全てに兵を配置出来るものでもない。ボクは適当に警備の穴を見繕って、仰々しい鉄条網を飛び越えた。


しかし見れば見るほど兵士の数が多い。
しかも一人一人腕が立ちそうだ。見つかったら終わりだろう。

警備の間を縫うように、ボクはネクターの栽培プラントへ向かう。

幸い温室内には兵士はほとんどいないようだった。
ボクは換気ダクトからこっそりハウスの中に忍び込み、懐に一杯のネクターを抱え込む。
正規の値段で換金は無理にしても、これなら相当の量の教科書が買えるだろう。

そうとなればこんなところは早くオサラバだ。

こんな量の兵士を相手にしたらいくらボクでもどうしようもない。
息を潜めて潜入した地点へと進んでいく・・・。




思ったより随分手間取ってしまって、鉄条網の場所に戻ってきたころにはもう夕方になっていた。
早く帰らないと皆心配するだろうな。急ごう。

巡回の兵士が通り過ぎて行ったタイミングを見計らって、よっと柵を飛び越えようとしたところに・・・

物陰にいた兵士と目があってしまった。
こいつは・・・先日水辺でボクが殺そうとした兵士だった。

相手もボクの顔を覚えていたらしく、驚いた顔をしている。
まいった。すぐに周りから兵士が駆けつけてくるだろう。
ちょっと・・・これは捌ききれないかもしれない。
イヤな汗が頬を伝う。

やっぱり先日殺しておくべきだった。

ごめん・・・。もうちょっとだったんだけど、教科書、買えないかも。

イヤリングをとる？ダメダメ。
ここでボクがユベールの上級妖魔としれたらそれこそ事だ。
特に八公爵クラスの妖気となったらもうほとんど軍事力レベルと認識される。
ユベール領がメルンテーゼ一揆に裏から助力をしたという疑いがかかる。そうなったら国際問題だ。
武力介入と受け取られたら戦争に発展する可能性すらある。

そうなるくらいなら、ボクはここで死ななければならない。


ボクは・・・剣を抜こうとしたが、収めた。

相手の兵士も少しの間固まってたが、やがてキョロキョロと周りを見たあと、小声で囁いた。

・・・ボクはしばらく固まった後、鉄条網を飛び越えてネクター園を後にした。
悔しいけどマリアに、負けた気がした。





すっかり日が暮れてしまった。

たくさんのネクターを抱えて帰途に着く。
シヤンハイルの森に入ると、孤児院の皆が松明を持ってボクを探していた。

ルイーザがこっちに気付いて駆けてくる。
皆もそれに続いて続々とボクのところへやってきた。

マリアも続いてボクのところに来て、ネクターを見て顔色を変える。

満面の笑顔のボクとは対照的に、マリアはすっかり青ざめた顔でボクの顔を見る。

パンっ


静かな夜の森に乾いた音が響いた。
マリアはまた涙を浮かべてボクの頬を思いっきりハッた。

ルイーザ達、他の子供はやれやれと言った顔で笑って皆教会へ戻っていく。
ボクとマリアだけを残して、え、何？意味がわからない。

言い終わらないうちにマリアはボクを抱きしめた。

力一杯抱きしめられて、よく見えないけど、ポロポロと泣いてるのがわかる。

マリアはそう言ってまたボクをギュッと抱きしめた。

やっぱり調子狂うな、この人は。

マリアを泣かせてしまったのは二度目だったけど・・・、今度はそこまで悪い気もしなかった。





後日、街でネクターを換金して無事にたくさんの教科書を孤児院に買うことが出来た。
マリアのことだから、ネクターを返してこいって言うんじゃないかと思ったが、何も言わなかった。

・・・これを返してくるとなったら、また命が危ないからね。見て見ぬふりをすることにしたんだろう。


マリアは立場上、表立ってハッキリと喜んだ態度は敢えてとらなかったみたいだけど、やっぱり少しだけ喜んでくれてるように感じた。

いいんだ。ボクはそれだけで、十分。

お茶が本当に好きなようで楽しそうに語る

水辺の近くを歩いているとサッと隠れる人影を見つける。

その人影は顔を出し、気がつかれたのが分かるとゆっくりと出てくる。

銀色の髪の少女サニーであることは分かるが、近づいてはこない

遠くで表情はあまりよく分からないが、こちらに目線を合わさないようにしているのは分かる。