「考えてみたらおれは、貴女の好みとかそういうの、何も知らなかったんですよね。」

海辺を連れ立って歩いていた
少し風が出ている
薄いスカートがふわりと膨らみ、あわててそれを手で押さえる

「…宜しければ貴女の事を、少し話して貰えませんか？
　…何でもいいんです、好きな食べ物でも、アクセサリーとかでも。」

視線を向けると、その青年の白金にも似た髪が月の光を返してきらきらと光が跳ねる
他愛ない会話だ
久々に出会ったその奥手な知人が
遠まわしにしながら、詰まりながら、誘ってくれた
その散歩道の半ばの事だった

「じゃあ、その代わりにイヴァシュと離れたあとの半年間の事を聞かせてくれないかしら？」

彼と私の時間は大きくずれていた
違う世界、違う場所
彼の半年は私の5年になっていた
当時16歳だった私は彼の歳をとうに過ぎ、
まるで彼が若返ってしまったかのような錯覚を覚える

「新しい世界で出会いと……後、別れと言えば良いのか、分かりませんが…そんな経験をしまして」

どことなく濁したような答え
微笑む
深く探ろうとはしない
ただ少しだけ、その時間を知りたかっただけだから

「そう、貴方も半年の間に色々あったのね。」

そんな事を呟いた
色々っていうのは便利な言葉だわ、と頭の隅で小さく考える
サングラスの下の視線が、その先を促す

「私の方は…好きな食べ物とかでいいの？じゃあ、ホットドック！」

砂の上をサンダルの跡が続く
さくさくと小気味いい音がふたつ響く

「キャベツがカレー味じゃないので、ソーセージは皮が厚めで茹でたのより焼いた方が好きよ？」

くるりと振り返る
びょう、と耳を通り抜ける音
長く伸ばした髪が流れた

「ホットドック程度ならおれでも作れますね……今度、試食してみてくれませんか？」

食べ物の力は偉大だ
釣られたみたいで少々心に反論を呟く事もあるが
それ自体が嬉しくないはずがない

「一応…半年の間に料理の腕もそこそこ上がったんですよ、これでも」

そう言われると尚更

「フフ、それは期待してもいいのかしら？楽しみに待ってるわね！」

記憶の中に書き込まれる言葉
楽しいこと、嬉しいこと、つらいこと、悲しいこと、怒ったこと
すべてを記すには少しこのビンはちいさいけれど

「あとは…アクセサリーはあまりしないのだけれど…ほかに知りたい事とか、ある？」

首を傾げる
自分からは話さないのは、私自身を話すには…他の人より随分と時間が掛かってしまうから
彼は、酷く困った顔をしていた
聞きたい事はあるが、選びきれないというような

「いえ…あの、また…時間がある時にでも、お誘いしても良いでしょうか…？」

搾り出すように、おそるおそる

「あら、そんな事でいいの？」

他愛のない会話だ
けれどそれが、今は何より安らぎを与えてくれる
恋人でもないし、家族でもないけれど

この記憶が人魚の泡にならぬように


「もちろん喜んで！」

　　　　　　　センボク絨毯に座ったハッカローシュは、対面に座るように座布団を指し示す。
　　　　　　　占いの手順に沿ってメルンストゥーラをひとつづつ指し示していった。

　　　　　　　どうでしょう？と、言外に言葉を促しつつも

そう言い切ったところで、人形が宙に浮かび上がり。

先ほど走り去っていった耳長が、人形の首根っこを掴みあげ。