灼熱の様相を呈するこの荒れ果てた大地は、日が暮れるのと同時に全く逆の姿を見せる。
地平線まで割れた地面が続くこの場所で、何一つ遮るものがない星達が煌々と光を放つが、西方より時折吹き付けてくる極寒の暴風は、一切の明かりをなくさんと砂嵐をもってそれを覆い隠し、着実に生物の体温を奪っていく。


二人におやすみと二三言葉を交わした後、コテージの幕を極力小さく開き外に出たキーシュは、昼間の身を焦がすような暑さとの差も相まって「骨の髄まで凍らせる勢いだな」と思った。

下手をすれば凍死確定の極限状態だが、旅慣れているケンドリックの下準備もあり問題なく宵を越す場所と暖は確保されている。

キーシュは、元の世界でいた場所が寒冷地で寒さには慣れていると二人を説得し、いつもより長めの見張りにつくことにしたのだった。

・・・・・もっとも、その本心は自身が未熟が故に予定に大きく遅れを生じさせた挙句、コテージの設営もロクに役立たなかったことを恥じて、何かしら役に立てる部分を探しただけに過ぎない。


風が凪ぐ度に蓑虫ように体を小さく屈み寒さに耐えていると、相棒であるベルはそんな彼の心境を察していたのか、いつの間に潜り込んだのかいつものようにひょっこりと胸ポケットから姿を表すと、呆れ顔で「ホント、私が居ないとダメなんだから」と笑い、小さく呪文を唱える。

薄い風の幕が辺りを包み込み、風が横に「逸れて」いく。
身を切るような寒さから解放されたキーシュは、胸ポケットの小さな少女に視線を合わせると「ごめん」と小さく呟いた。

と不機嫌なのを隠そうともせずベルはキーシュを睨むと、そんな彼女の様子を見てキーシュは観念したように笑った。

そう言いながらベルはそっぽを向くが、それが演技であることをキーシュは既に知っている。

そんな悪態をつきつつも、顔はまんざらでも無さそうにして彼女は完全に後ろを向いた。



無言のまましばらくの時が経ち、砂嵐も収まりだした頃、キーシュは小さな違和感を視界の先に感じ取った。
夜の闇に紛れて今にも消え入りそうな「黒い光」が荒野の先でゆっくりと揺らめいている。
少しずつ近づいてくるその光に魔物かと一応警戒し銃を取り出すが、その弱々しい光に敵意があるとは思えなかった。


そしてぼやけた燐光からだんだんと浮かび上がる、小さな人の形を確認するやいなやキーシュはその光に向かって走り出す。

そこで限界が来たのか、光が途絶え地面に落下していく「妖精」をどうにかスライディングキャッチしたキーシュは、改めてその姿形を詳しく確認するとその目を大きく見開いた。

気を失っているその妖精の見た目は・・・色や服装は違えど、最近はぐれてしまったユメの仲間のエンブリオ達にそっくりであった。

＞消えたユメ

ケンドリックが椅子に腰かけ果物を食べているヴィルメッタをちらりと見た。

そう言ってケンドリックは軽くあくびをした。
この男は妖精に対して強い信頼を持っているようだ。


＞シーガル

シーガルとデルフィニの様子に色々と親近感のこもった眼差しが向けられた。

ケンドリックはそこで言葉を切り、ふと太陽を見上げた
帽子の陰から汗が覗く。
枯れた土地は異様な熱気に包まれていた。

果物をかじりながら放たれた相棒の言葉に旅人はがっくりと肩を落とす。
よく見るとヴィルメッタが椅子にしているのはケンドリック愛用の銀ボトルだった。

担いでいた銛を、軽く振ってから逆手に持ち変える。
銛を撃ち出すための構え。鯨捕りが誇りとする、戦の構えだ。

銛を素早く逆手に持ち変え、弓を引き絞るように右手は後ろへ左手は前へ。
深く腰を落とし、“漁”の構えを取った。