がり、がり。
月明かりの下で木の枝を片手に、地面と真剣な顔で向きあってもう数十分は経っただろうか。歪な文字や言葉がアールを囲うようにひしめいている。
「……やっぱ難しいなあ、もじって。チセはよくこんなにたくさん覚えられるなあ」
書き連ねたたくさんの文字をアールは首をかしげながら見下ろす。一時とはいえチセと離れたのだから手紙ぐらい書こうかと思ったのだが。まだそれも難しいようだ。
「チセ大丈夫かなあ……ケガとかしてないかなあ」
枝の先をぐるぐると、自身の心中を表すかのように動かす。やはりチセと離れるのは心細い。なにより同行した相手がこれだ。アールはかつて道中を共にした金髪の大男と、黒髪の優男の顔を思い浮かべた。落ち着かずに寝床を抜け出してきたが、問題はないだろう。

「もっと話聞いとくんだったな……」
赤色谷。もしそこが目指す場所なのだとしたら、チセとは別れることになるのだろうか。そもそもそこまでチセがついてきてくれるのか。チセには地図をつくるという仕事があるのに、その邪魔をしているのではないか。
もしかしたら「これからの旅のため」と言いつつ本当は自分のことが嫌になって別行動を提案したのではないか。
「……どうしようオルテ」
弱々しい声と共に、隣で佇むイヌワシに視線を向けて、アールははたと言葉に詰まった。オルテの体が、羽が以前より黒く染まっている。アールは一族の血のおかげで夜目が効く、だから夜の暗さのせいではない。ぼんやりと光る金の目が相棒を映すと、背中の刺青がぴりっと痛んだ。
自分も、相棒も。何かが変化しているということはアールでもわかっていた。頭は悪いが、こういう勘は昔からよかった。その変化が何かはまだ見当もつかないが。

ただあの夢を見た日から、妙な胸騒ぎがして落ち着かない。あれが額の文様———呪いがみせたものだとしたら。あれが意味するものはなんだったのだろうか。なんにせよ、思いお越したところで、吉兆とは思えなかった。

「オルテ、どうした？」
ふと、頭をあげた相棒の視線をたどると、月を背にする小さな青い影が見えた。
「シピリカ？」
その影はチセのエンブリオでもある青い小鳥だった。銀色の筒を足に下げて、その可愛らしい見た目にそぐわない、ずいぶんと優雅でゆったりとした動作でシピリカはアールの目の前に舞い降りた。
「もしかしてチセから？」
筒を受け取り、中の紙を取り出すと、アールは鼻にくっつけんばかりの距離で、まだ見慣れない文字を必死で解読しようと目を凝らした。単語だけ拾い上げ、なんとか文脈を読み取ろうとする。
目を凝らしながら、あとで不本意だが同行者の誰かに頼んで、返事を書く手伝いをしてもらおうと。
小さく笑みを浮かべながら、そう思った。

同行することになった、見覚えのある二人の男をわなわなと指差しながら
アールは悲鳴にも似た声を上げた

青い目が少年のところで留まる。

レゥカル、ラフロケ。 聞いたこともない言葉だった。
何それカッコ良い！と、言わんばかりに、きらきらとして眼差しは、羨望のそれ。

何やら、ごそごそとポケットに手を突っ込んで、あさる。あさる。

そうして差し出すのは、ころりと丸く、赤と白の水玉模様に包まれた、飴玉である。

アールの仕草から、自身の剣をチラリと見て苦笑いを零した。

アールの頭上に、もう見慣れた姿の小鳥が姿を見せた。
小鳥の姿をしている彼は、アールにチセからの文を渡す。
別行動中のアールの様子を心配する内容の文だ。
アールが慣れない文字を読む事に必死になっている間、彼は黙ってその姿を眺めていたが、やがて読み終わらぬ間に口を開いた。

彼の目は、アールの額に隠された文様へと向けられている。

にやにやとした笑みを浮かべながら、
以前旅を共にした少年に歩み寄る。

ぐしゃぐしゃと頭を掴むようにして撫で回す。

にたにたと笑いながら、相も変わらず無遠慮に言葉を投げつける。

得意げに見下ろしながら、少年に問いかける。

少女は反応にとても困った顔をしている。

チンピラBが現れた！