ドラゴンの棲む山を下り、砂地で暗黒魔術に身を落とした司祭を倒す。
当面の目的を果たし、次の行き先に迷った末に、城内に戻ることにした。
風が吹き抜ける平原や、涼やかな水の流れる川辺には劣るが、風雨を凌げるという点では屋内に勝るものはない。

とはいえ、城は敵の本拠地。気を抜けば新王軍に襲われる−−はずだった。

いや、たしかに、城内の廊下を進むとまもなく、新王に組みしていた魔物たちには相見えた。
廊下の奥に現れたのは、下級悪魔と思しき影に、異国の装束をまとう悪霊、ドラゴンゾンビが2体。
そして、城の女中が地下牢の不死の王に異界に引き込まれたのだろうか、メイド姿のゾンビが混ざっている。
それらの魔物がこの世のものとは思えぬおぞましい呻き声をあげながら近づいてくる。
−−が、どうにも覇気がない。むしろ弱々しいほどだ。

「なるほど、この世界のネクターがあるべき場所に戻ると、こういうことになるのね」

背に担いでいた斧を下ろし、敵に向けて構えつつも、やや拍子抜けして呟く。

以前は、日に日に力を増すばかりの魔物たちに気圧されることが多かったのに、
ほんの数日のうちに明らかに自分たちの方が上回ったようだ。
エンブリオたちを暴走させていたネクターが、この世界の秩序に再び従い、
世界を循環する気の流れに戻り始めたことで、魔物たちはこれまでのような力を失いつつあるのだろう。

そう、自分たちの預かり知らぬところで、いつの間にか、この世界の一揆は無事に終了したらしい。
噂では、新王は討伐され、前王は殺害され、狂ったこの世の神は退けられたのだとか。
神を倒した英雄たちは、既に街に凱旋し、民衆たちに歓待されているそうだ。
最前線で戦う冒険者たち−−例えば、ディグリースインダストリーの社長婦人やシドニー女史の顔をした何者か−−と、自分たちの力の差は、開くばかりだ。

（“たち”って、一緒にしちゃ、いけないわね）

同行する3人の中でも、力量の差は次第に露わになりつつある。
自分は、メアリーのように魔法に長けたわけでも、人間のような身の軽さを誇るわけでもない。
これまでは、勢いに乗せた斧から放つ一撃の重さが自分の取り柄だと思っていたが、種族としての体格の特性上、限界が見えつつあるようだ。

だが、魔物たちが弱体化し始めた今、この世界に留まっても自分の力をこれ以上伸ばすことは期待できない。
いずれにしても、近いうちにこの世界から去らなくてはいけないだろう。
次の旅先を探さなくてはならない。メアリーはまた一緒に来てくれるだろうか。
人間は−−どうするのだろう。

「アネさーん、何ぼーっとしてんのー？そろそろ来るよー、しっかりしてー」

メアリーの間の抜けた呼びかけに、はっとなって顔を上げる。
気付けば、魔物たちにかなり距離を詰められていた。

（−−いけない。戦いを前に卑屈になってちゃ）

先日のドラゴン戦以来、どうにも、ネガティブな思考の渦にはまりがちだ。
それにしても、ゾンビとはいえドラゴンとまた戦うことになるとは。
先日の“正真正銘の”ドラゴンに比べれば見る影もないが、生という限界を無くしたことで思わぬ力を振るうかもしれない。
考え事をしている場合ではない。

深い息を一つ吸って、吐く。頭の中から雑念を払い、目の前の敵に集中すべく、斧を構えなおした。

と言っていつもの笑い方で笑った。