自分の勇み足で魔物の群れに突っ込んでしまった。
おまけに、敵の術中にはまった。それも完全に。

暗い地下水路の中、魔物が操る催眠術にかかり、重い瞼に視界の大部分が遮られている。
その狭く暗い視界の片隅で、何かが吹き飛んだ。
靄のかかった頭で、メアリーが従えるヒュドラが倒されたのだ、となんとか理解する。
その次の瞬間に、別の何かが、敵の魔法に吹き飛ばされて視界を掠めていった。

「ゲフッ……後は……」

どれだけ眠かろうと、聴覚だけは生きていたらしい。長い耳がふざけた断末魔をとらえた。
と同時に、全身の血液が沸騰するかのような怒りがこみ上げ、眠気が吹き飛んだ。

「メアリー！メアリー！…なんてこと！！」

怒りのままに、力任せに斧を振るう。
この事態を招いた自分への怒りか、仲間を傷つけた敵への怒りか、
それともいつもふざけてばかりいるメアリーへの怒りか。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜！！！！」

声にならない叫びが、口からほとばしった。自分でも何を口走ったのか、よく分からないままに。

急速に熱した怒りは、冷めるのも早かった。
冷静になって周囲の状況を見るや、背筋を冷たいものが走り、頭も感情も直ちに冷えていく。
前には魔物たち、隣には人間が一人。

−−最悪だ。

自分のミスでパーティーを窮地に陥らせ、仲間の妖精を傷つけてしまった。
おまけに、よりによって、人間と二人で残されて戦わなければならないなんて。

−−最悪の状況だ。

渾身の力を込めてはなった一撃でも−−あるいは、眠気の影響が残っていて、いつも通りの力が出なかったのか−−目の前に居並ぶ魔物たちを倒しきれなかった。
残った敵の数は3体。多くはない−−が、厄介なことに、回復魔法を使うものを撃ち漏らした。
自分にはこれ以上、大技を使う余力が残されていない。おそらくは人間もそうだろう。
相手の回復量を上回るダメージを与えることは、二人だけでは難しかった。

肩で息をしながら、この状況で何ができるのか、精一杯の考えを巡らせる。

−−なんとかして、敗北だけは避けなければ。

隙あらばとどめを刺さんとにじり寄ってくる魔物たちから、倒れたメアリーを背後にかばいつつ、横目でちらりと人間の方を見やった。
相手もこちらの様子をうかがっていたのだろう。一瞬、視線が交錯する。
意思疎通ができたとは思わない。もとより、そのような信頼関係はない。
だが、相手がこの場を放棄していないことは分かった。

「フン、嬢ちゃんは後ろに引っ込んでな。退路くらいは開いてやッからよ」

相変わらずの薄笑いを顔に張り付かせたまま、人間が一足先に飛び出した。
風の妖精の力を−−以前とは違うやや荒んだ風を−−刃に纏わりつかせ、素早い動きで縦横無尽に剣を繰り出し、魔物たちを翻弄する。
悔しいが、その動きの軽やかさは見るたびに惚れ惚れするほどだ。
しかし、手数が多い分、与えるダメージは軽い。数十の傷をつけても、敵の魔法で見る間に回復していく。

「人間が、余計なお世話よ」

苦い顔で呟く。一人で状況を打開できるとでも思っているのだろうか。
昼も夜も鬱々とされていた間も気に入らなかったが、いくばくか元気となって尊大な態度を取られるのはもっと気に入らない。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「フェリシア、お願い。レベッカ、メアリーを頼むわ」

呼び掛けに応えて、足元の水から水の精が姿を現した。
「あらあらあら、大変そうね」と状況を一瞥し、自分と人間の周囲を輪を描くように一巡りする。
淡い水色の帯が自分たちを取り囲み、一瞬きらめいて霧散した。癒しの結界を張ったのだ。
メアリーが使う回復魔法には及ばないが、これでこちらが受けるダメージも相殺できるだろう。
壁際の影からは大きな黒い狼がはいずり出すように現れる。砂漠に棲まう妖魔、オスカエルトのレベッカだ。
日ごろは人型を取るが、今は狼の姿のままの方が好都合と判断したのだろう。
レベッカが気を失ったままのメアリーをやや乱暴に口にくわえたのを確認して、自分も戦闘に加わるために駆け出す。

−−なんとか機を見つけてこの場から逃げる。

それが、今取れる最善の策。そのためには、倒せなくとも倒されないこと。
人間と力を合わせることだって厭うわけにはいかない。
斧を握る手に力を込め直す。長い戦いの幕開けだった。

片頬を吊り上げて捻くれた笑いを浮かべ