普段は厳かで、祈りの声しか聞こえぬ神殿の中に、石造りの床を駆ける音が高く響く。
ややあって、バン、と私の背後で開く扉。
荒い息をつきながらも、幼い頃から私付きの女官だった女性が伝える。

「…ヴィルム様。魔王より、通告。決して危害を加えないから、話しがしたいと」

「…………それで。あなたから見て、どうでした」

私は振り向かずに尋ねた。後ろから、躊躇う様な気配を感じたが、それも少しの事。
私の意を汲んでくれたのか、意を決して言ってくれた。

「申し上げ難いのですが…私から見ても…。
　それと、これは独断ながら幾つか質問をしてみましたが、間違いなく答えました。
　やはり、彼女は……」

「それ以上は、言わないで下さい」

聞けば、私は後戻りができなくなる。きっと子供のように泣き叫んで、結果、何もかも失ってしまう。
黒か白か、天秤にかけられるのは二つに一つなのだとしても、私はその２つを天秤にかけたくはなかった。それはきっと、神と、二人に対する冒涜だから。

「——行きます。貴女は此処で待っていて下さい」

「……聖女様。いえ、ヴィルム様。…一つだけ、聞かせて下さい」

幼い頃、彼女は私をそう呼んでいた。

「……何でしょう？」

「戻って、来ますよね？」

「……神がそれを、望むのであれば」

彼女に、嘘はつきたくなかった。


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——そして、彼女は現れた。

厳かな純白の衣装に身を包み、聖騎士達を横に控えさせ。
一切の恐怖を見せず、怒りを示さず、ただ静かに、凛と前を向いて。

「……ヴィルム」

其の名をぽつり、と呼ぶ。
彼女は聞こえなかったのか、それともあえて聞こえないフリをしたのか、反応を返さなかった。
彼女は静かな足取りで私へと真っ直ぐに向かい、２ｍ程の距離をもって相対する。

「……魔王。この神殿に如何な用ですか。そして、私に用事があるそうですね。…何でしょう？」

それは静かな拒絶だった。
お前は魔王で、自分は聖女だ。だからお前の要求など、何一つ受け入れないと。
……彼女の立場上、そうしなければいけないのは分かっていた。
彼女の事だから苦しんで、苦しんで、なんとか私を救いだす方法を探して…けれど見つからなくて。
私を救うには、私を殺す他無いと考えたのだろう。
聖女である自分が魔王を殺せば、人知れず魔王を葬れると。神の御許へ送り、復活を祈る事ができると。

「……ヴィルム。私達の仲間になりなさい。
私は人々を傷つけずに、王都へ行って。途中でグリフにも合流してもらって、ディラックを助け出す」

「……」

「王都の連中は、この魔王継承のシステムを明らかに知っていた。ディラックは、魔王になったと勘違いして捕えられた。
　……でも、良いの。復讐なんてどうでもいい。私は、ディラックを助けたい。だからヴィルム、手伝って。
　——いいえ。せめて、戦わないで。頼むから、敵対しないで」

お願い、と想いを込めて見据える。
…杖を硬く握りしめ、瞳を僅かに揺らしながらも、彼女はそれを凍りつかせるような、冷たい声で返した。

「…話はそれで終わりですか、魔王。
　あなたが何を想い、何を願い、何を成そうとしているかなど、私にとって関係ありません。
　あなたは魔王で、人々に危害を加えている。……ならば、信徒である私が、それを見過ごす事など有り得ません」

杖を、私へと向ける。聖騎士達が剣を手に取る。
その解答にも不思議とショックは無かった。正直なところ、そんな気もしていただからだろうか。
何せ私自身、自分が以前と同じ自分であると確信できないのだ。
本当は今の私はこの肉体の記憶と人格を奪っただけの魔王という力に過ぎず、彼女の友達であった魔法使いは、此の世にいないのではないか——？
そう思った事は、一度や二度では無い。
それでも、私は退けなかった。

「……押し通らせてもらうわ。ヴィルム」

「生半可な傷で済ますと思わないで下さいね。…魔王」

それが、合図だった。
どちらの号令が果たして早かったのか。聖騎士達と神官が、私の魔物達と激突を開始する。

私の相手は——無論、一人。
ヴィルムは激突と同時に防御魔法を広範囲へ展開する。力自慢の魔物達の一撃が、悉く跳ね返され、反撃によって手傷を負う。
あの防御魔法には、何度も助けられていた。

「……スペル・ブレイク」

ばりん、と音を立てて防御魔法が霧散する。
動揺の声が聖騎士達から広がるが、ヴィルムは表情一つ変えずに私を見据えている。

「…まだです」

彼女の掌に、光が満ち溢れた。
アレは、神聖攻撃呪文の一つ。
攻撃呪文というカテゴリで見ても最強の一とされる魔法だ。

「本気って事ね…！」

私も掌に、闇を集わせる。物質化させた影の槍を振り被る。
防御したとしても、彼女にスペル・ブレイクをされるのみ。ならば攻撃をぶつけ、相殺するしかない。

「"ジャッジメント"…！」
「"シャドウランス"…！」

光の渦目掛けて、一直線に影の槍が放たれる。
威力は、互角。白と黒が、虚空で交差する刹那。

「……解除」

フッと、激突の直前。白が消える。
放たれた影の槍は、本来殺されるはずだった速度と勢いをそのままに、光の渦が在った、その先へと——

ぞぐっ、と、音がした

混乱しているようだ。

　エンブリオと出会う前からそうだったかのように説明をしている

　明らかに動揺している！

分かりやすい、と一言で言ってしまうには、何かためらわれたので。

お前はそうではないのだな。
そう言った。

ふむ、と、
フィーグルの説明を聞いて暫し考え込む。
咀嚼、でもしているのか、沈黙は長い。
視線が落ちている。

まず一言、それだけ尋ねた。

　真顔な辺り、酷かった。

　

　

　その話は御伽噺の類だと思っていたのだろう、呟く声音にはやはり現実味が無さそうだった。

　ぽつりとそう呟いた。

　めちゃくちゃ真面目な顔で話している。何の話だこれ。