転移魔法を使った時の浮遊感。肉の器を剥ぎ取り、精神と魂だけになったような感覚。
私は落ちるように、どこかへと引き寄せられていく。

…始まりは唐突だった。
いつものように、世界を見て回り、トラブルを解決して、どこからかやってきた人間を処分して。
それから、ほんの気まぐれで、人間達がどこからやって来るのかを調べたくなった。
私は人間が侵入してきた形跡を辿り、次元が歪んでいる箇所がある事に気が付いた。

歪みからは未知のエネルギーが生じており、恐らくここが"門"だろうとあたりをつけて調査をしようとしたところで、唐突に吸い込まれた。
あっ、と声を出す暇もなく。誰かに手を引かれるようにして。

…やがて浮遊感は消えて、私は地面の上へと降りる。
石組みの小さな部屋。どこかの廃屋、あるいは牢の中のようだった。
唯一の出入り口である木の扉の前に、一人の男が立っている。立って、こちらを見ている。

目前の男に話し掛ける。長身で、強面の男。
しかし表情は穏やかで、どちらかといえば理知的な雰囲気さえ感じる。まあ、人間である以上、どうでもいい事なのだが

吐き捨てるように言う私の顔を、男は不思議そうな顔で見つめる。

私の心を見透かすように、男は言う。

心臓が鼓動を早める。心に動揺が広がる。
否定の言葉を出そうとして、それが口から出て来ない。

静かな調子で語る。

そう言いながら、男は僅かに扉を開く。

そう呟いた直後に、僅かに開いた扉がキィ、と鳴って開き、爽やかな風が室内に流れ込む。
…気付けば、男の姿はどこにもなかった。

私は外に出る。
その前に広がるのは、一面の赤。風に揺れる、真紅の花だった。

それに、不思議な力を感じる。これが、さっき言っていたネクターというもなのかもしれない。
…ふと、声が聞こえた気がしてそちらを見る。視線の先には、兵士らしき数人の男と、兵士達に持って行かないで欲しいと必死に訴える若い女性。遠巻きに見る村民らしき人々。
兵士達は怒鳴るように女性の訴えを退け、ネクターを次々と回収していく。
文字通り縋りついてまで止めようとする女性の顔を張り飛ばし、腹を、顔を、蹴りつける。

私が今まで本当にしたかった事は何なのか、すぐに答えは出ない。
けれど、たった今私がしたい事は明白だ。
この世界とは相性が悪いのか、魔力が吸収できず、残量は少し心もとないけれど。それでも十分だ。

問われた私は、自分が何者なのかを改めて考えて——それから、高らかに告げた。

詠唱を開始する。
——もう一度だけ、この世界で英雄として行動してみよう。
それで、何が変わるのかは分からないけれど。

知らず、私の口元に笑みが浮かんだ。

　……まるで、主のようだな。

　……

　シ・ドゥは、しばらく黙り込み、やがて少女たちの方へ振り向く。

魔物を連れて行く提案にも、なお首を横に振り続ける。

語られる魔王退治の顛末に、なるほどと声を上げて。

感心しきり！

どうにも言いづらそうに歯切れの悪い口調である。

叱られるのを分かっている子どものような雰囲気を漂わせている。

フィーグルに向き直る。

止めてくれるなよと、言外に告げていた。

　複雑そうな顔をする彼女を見て、言葉を重ねる。

　真っ直ぐ、彼女の目を見てそう言った。