「何という事だ……あの女が、魔王だったとは…」

報告を聞いた瞬間、大国オリニヴィスの王は呻き声を上げた。
他の連合国の諸侯達からも、次々と困惑の声が上がる。
その中で、この場には不釣り合いな、一人の若者が挙手をする。

「……されば人の王よ。私から提案があります」

美麗という言葉すら霞む程に美しい青年は、しかし見た目通りの年齢でない事をこの場の誰もが知っていた。
彼の名はアーゴン。魔王という共通の敵を持つエルフの王、その１人であった。
先代の魔王が討伐され、暫くは何の連絡も無かったが、今回魔王復活の報せを聞いて現れたのだった。
その美しすぎる容姿に嫌悪感を胸に秘めながら、オリニヴィスの王が応える。

「…何だろうか？」

「魔王を倒すはやはり勇者。今一度、魔王を討伐した彼の３名の勇士に魔王を討伐させるのが良いでしょう」

「……それが出来れば苦労はないわ。エルフは聡明な種族だと聞いていたのだが、とうとう老いたか？」

アーゴンの提案は至極当然の事であったし、また、それに対するオリニヴィス王の解答も当然の事だった。
魔王討伐を果たした勇士——聖剣持つ勇者ディラック。エルフの弓兵グリフ。聖女ヴィルム。そして、魔法使いフィーグル。
命を預け、苦楽を共にした彼等が強い絆で結びつけられている事はこの場の誰もが理解していた。いや、理解していなくとも、最低でも『接触させれば裏切る恐れがある』事は、誰もが把握していた。
接触だけでそれなのに、まして討伐を持ちかけるなど。
そもそも承諾するはずがないし、仮に承諾したところでかつての仲間を前にすればあちら側につく恐れとてある。

——そもそも彼女の目的は恐らく、勇者ディラックだろうからな

心中で、オリニヴィス王は呟く。
しかし、その事は自分の他は、ディラックの父王が治める小国ネフリティスの王しか知らない事実であった。
…にも関わらず、アーゴンは笑みを少しも崩さずに続ける。

「私は未だ顕在ですとも、王よ！　そう。この案は、子供でも思いつく、確実で、当然の案だ。しかし、それでは何故、我々はこの手段を取る事ができないのか？」

どこか芝居がかった、大袈裟な口調でアーゴンは続ける。

「そう。それはかつて仲間であった彼等を接触させれば裏切るかもしれないという危険があったから！　そして、そもそも彼等がそれを承諾するはずなどなかったから！」

「そんな事は言われるまでもなく分かっておるわ。何が言いたい！？」

苛立ちを隠しもせず、オリニヴィス王が言い放つ。
それを、アーゴンはにやりと笑みを浮かべて受け止め。

「簡単です、王よ。ならばそれを解決すれば良いというだけのこと」

「…聞こうか」

その言葉に、周囲がざわめき立つ。
それを手で押し止め、オリニヴィス王が静かな声で続きを促した。

「はい。…王よ。この場にいる全ての王よ。あなた達は素晴らしい力をお持ちだ。あなた達は、あなた達の国の支配者であらせられる。
　私が今から提示する案は本来ならばあまりに無謀です。しかし、この場にいる皆々様のお力添えがあれば、成し遂げられましょう！」

「……王でなければできぬ事。それも、我々全員の協力が不可欠だと言うのだな？
　生半可な案では承諾せぬ事。我等が受ける害が大きければ当然、跳ねのけられる事。分かって言っているのだな？」

「勿論でございます、オリニヴィス王！
　さて。ここでそもそも彼等が何者かを思い出して欲しいのです。勇士としての彼等ではなく、個人としての彼等。彼等個人個人は何を想い、何を考えているのか！
　そう考えれば、答えは明白でありましょう」

エルフ王アーゴンは、懐から取り出したものを高々と掲げた。
それは——


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「…………エルフの王…ですか？」

ヴィルムは整った眉を僅かに上下させ、戸惑ったような声を出した。
お付きの女官ははい、と笑顔で続ける。

「是非ともヴィルム様に御目通りしたいと…」

「はあ。私は構いませんが…唐突ですね？」

「そうでしょうか？　グリフ様の事かもしれませんよ」

その名が女官から出た瞬間、僅か、ヴィルムの頬が紅潮する。

「いえ、いえまさか、そんな…」

「グリフ様とお約束したのでしょう？　その事かもしれません。…頑張って下さいね、ヴィルム様」

目をパチン、と一つ。
立場上、あまりに馴れ馴れしすぎる行動だが、ヴィルムはもう、と顔をはにかませながら、考える。

グリフ。あれから会っていないが、元気にしているだろうか？
武装した野盗の集団に襲われた時も、彼がいなければ私の命は無かったかもしれない。
彼は、いつだって私の事を守ってくれた。
私は——

思考を中断するノックの音が飛び込み、ヴィルムは慌てて表情を取り繕うと「どうぞ」と告げる。
すぐさま「失礼します」と、若い男の声が返ってきた。

「…………？」

扉が開く瞬間。知らず、ヴィルムは身震いした。

「…お初にお目にかかります、聖女様。私はアーゴンと申します。お見知りおきを…」

「……。……ああ、いえ。そう畏まらず。まだまだ若輩者です故…」

脳裏に浮かんだ想像を振り払いながら、ヴィルムは応対する。
それは、有り得ないことだ。

「本来は使いに任せても良い事なのですが…。大事な話ですからな。連合国の代表として、私がお話に参りました」

「…なんでしょう？」

「単刀直入に申しあげましょう。……新たな魔王が出現しました。魔王は、若き少女で……フィーグルと名乗っております」

「……！？　…そんな、まさか……」

「つきましては、聖女様。かつて魔王を屠った貴女に、今一度、魔王を滅ぼして頂きたい」

まるで——

「ま、待ってください。その話が事実かどうか、私はまだ把握していません。今、教会の者にも調べさせますので……」

「間違いなく、聖女様のお友達のフィーグル様ですよ。…魔王を名乗り、魔物を引き連れ、拠点を破壊しながらオリニヴィスへ迫っております。もう間もなく、この街にも来るでしょう」

「……！　で、でしたら。討伐せずとも、私から彼女を説得…」

ぱさ、と。アーゴンが何かを床へ投げる。
それを見たヴィルムの顔色が、さっと青ざめた。

「……あなた、は…まさか……」

「……もう一度、お聞かせ願えますかな？　聖女様」

対してアーゴンは、変わらず笑みを浮かべながら続ける。

「貴女の手で、今一度魔王を滅ぼして頂けますか？」



有り得ない事だと思った。そんな事は無いと思った。
そんなものが、いるはずないと思った。
まるで……。そう、まるで。

この男は、魔王など歯牙にもかけぬ、正真正銘の悪魔のようだ——

なんて言いながら、元は羽であったろう着物の裾を羽ばたかせてみせる。

なんて、根拠の無いことを言いつつ笑いつつ。
フィーグルの元が人間であったことをを知らされるとへぇと驚いて。

大丈夫、という言葉への肯定。

言いながら、衣服の袖口から蔓が這い出て、蛇のようにくねくね曲がる。

懇願よりも、興味が先行した言葉。
実際、そう悪いものではないのだけど。

返された言葉に、ほぅと息をつきながら。

それは意思を伝うための言葉だけれど、深く頷いて同意を示した。

　頑張れよ、と気軽に言ってみせる。

　生物を自在に創造することはやはり歪なワザと考えている様子だ。

　見識豊かな者にはあるいはこの世も既に見知った風景に映るかもしれない。それが僅かばかり気がかりであった。

　統率も何も無いため効率もあったものではない。

　竜に抱いていた孤高にして高潔というイメージにヒビが入った瞬間だった。

　　　　　　　少女の嫌味を、仮面の男は笑って受け流す。

学者も魔女も呪術師もいる世界ならば、『魔王』もいなくはないだろうと。
思いつつも半信半疑なのか、少女を見つめる瞳はきょとんとしている。
カゼヨミの少年から意識を引き離す事には、成功したようだけれど。

ひとまず少女の中で『信じる』『魔王は世襲制』という形に落ち着いたようだった。