◇ Intermission　→side:B



「……それでも、こんなにすぐに来てくれるとは思わなかったわ。」


陽の落ちた宵闇の街道で街燈に照らされていたのは、白いフードの少女。
右手には六連の回転弾倉銃、左手には黒塗りの大型ナイフ。
そして、対峙するのは黒いローブで表情を隠した魔導士らしき男。

「……ふん、狩ってこいとは偉そうなことを。
　こんな賞金稼ぎ風情が台頭しているとは、奴の威光も地に堕ちたものだ。」

魔導士の男が指を鳴らすと、周囲の闇の中から、同じようなローブを来た人間達が現れ、少女を取り囲みます。
捕まえておけ、と手振りで指示を出すと、魔導士の男は踵を返し、再び闇の中へと消えてゆきます。
少女は魔導士の男を追おうとしますが、周囲のローブの人間の魔導具を握り直す音に考えを改め。

「……それにしても、あんたらこんなに居たなんてね。
　寄って集って女一人を襲おうだなんて、ちょっと卑屈すぎるんじゃない？」

「……我々としても、こんなに小さな女の子を捕えねばならぬのは不本意。
　しかし、これも主の命令がゆえ。」

ローブの下の声は、口調に反してかなり若く聞こえます。
おそらくは、まだ魔導院に所属する学生か何かなのでしょう。

「……小さいって言うなし。」

誰にも聞こえないような小さな声で、少女が独り言ちます。

「……まぁ、でも。
　たまには自分の持てる力を全て出しきって戦ってみるのも、悪くはないかな。」

白いフードの下の赤い瞳に、獰猛な笑みが浮かびます。


　+ + +


宵闇の中を、黒いローブの魔導士が足早に歩いています。
ローブの下の表情は、まるで苦虫でも噛み潰したかのように忌々しげです。

「あの……。」

突然背後から声を掛けられ、魔導士の男がビクリと振り返ります。
そこに居たのは一人の少女でした。

「小娘が、この私に何用かね？」

魔導士の声を聞くと、今度は少女の方が狼狽し、申し訳なさそうに俯き呟きます。

「す、すみません……、人違いだったみたいです。
　その、同じようなローブを着ていたから、暗くて、つい……。」

「ほう……、あの男の知り合いかね？
　丁度今から奴の屋敷に向かうところだ、君も一緒に来るかね？」

「お屋敷……？やっぱり貴族の方でしたのね！」


黒いローブの男に手を引かれ、少女は闇の中へと消えてゆきます。
伯爵の洋館、森へ至る道へと。

自分の頭の上に手のひらを乗せてから、水平にミオさんの頭の上にやって、同じぐらいなのを確かめて。
「うん、おなじぐらいですね」と微笑みます。

思わずミオさんの胸のあたりに目をやって、ちょっとだけ羨ましくなったりして。
ぺたーんな胸のあたりに目をやって、ため息。


+++

アムルはくすくすと笑って、それ以上のことは教えません。

「こんなですから」と、フードを脱いでみせて。

膝の上のミオさんをそっと撫でて。

話を聞き終えたミオさんの問いかけの一つ一つに、少し嬉しそうにしながら、丁寧に答えていきます。

今までに聞いた話から、ぼんやりと昔のミオさんの周囲を想像して。

言いきってしまってから、ちょっと反省して、アムルは「わたしの感想、ですけれど」と言い直すのでした。

+++


そして夜の物語。

人の輪郭を失い、のたうつ無数の棘を伸ばして床や壁を破壊しながら、それでもなお人の言葉を発そうとするミオさんを前にして、
アムルはわずかに身震いしながらも、睨みつけるようにしてそれを見上げて話しかけます。

おぞましい怪物に触れたまま、異形の姿のミオさんの声に顔を上げて、アムルはそう答えます。
目の前に広がる異形と、そこから溢れる友人のもののはずの声、そのすべてに耐えるように唇を強く噛んで。

そのに額には汗が浮かんでいます。

けれども、アムルは安心させるように表情をゆるめてみせました。

その言葉に応えるように、ざわざわ、と、大量の蟲がざわめくような音が部屋中でひしめき合います。
部屋のあちこちの影に、紅い、無数の瞳が浮かびあがりました。

それは、壁を埋め尽くすほどに群れた、小さな蜘蛛の影です。

その中央で、蜘蛛が合図のように奇妙な鳴き声にも似た音をあげると、一斉に蜘蛛の影が動きました。

異形となったミオさんの、ゆらゆらと揺れる腕に、のたうつ無数の棘に、振り上げられた鎌に、糸が次々と絡みついていきます。

目視すら難しいその細い一本の糸は、ありえない強固さで、異形の動きを拘束していきます。
部屋にどんどん増えていく蜘蛛の糸の、そのすべてが、蜘蛛の呪いによって束ねられた、呪いの拘束具そのものなのです。

それでも、いつまで拘束がミオさんの力に耐えられるかもわからない状態です。

ですが、アムルは一度聞いたミオさんの声・・・・声のような音に望みをかけて、もう一度、話しかけます。

内心では、自分のやっていることが正しいのか、アムルはまだ迷っています。
自分がミオさんと一緒にいると約束した、それが正しいと信じて、その場にとどまりミオさんが応えてくれるのをじっと待っています。

そんなに頻繁にあってたまるか

大いに勘違い

袖の下から小さなチョコブラウニ—のカップを差し出します。