◆ Intermission　→side:A



バギン、と鈍い音を立てて、白い眼帯が吹き飛びます。
煌びやかな装飾の施された細剣を鞘ごと振り抜いたのは、あの少女に『お父さま』と呼ばれていた男。
浮かべた鬼のような形相は、彼女の前では決して見せない、別人のような表情をしています。

「申し訳ありません、ご主人様。」

そう謝ったメイドには、目に大きな隈と、頬に真新しい痣をつけています。

「……あの北の海の修道院から連れ出していただいた時から、私の身も心も、ご主人様のものと誓ったはず。
　手討ちにされる覚悟は、いつでも出来ております、どうぞ剣をお抜きください。」

「……もうよい。」

許しを乞うことも、恩赦を求める素振りもない彼女の様子にすっかり毒気を抜かれた男は、静かに剣を下げます。

「最近、少し疲れが溜まっていてね、済まなかった。
　母親のいないあの子にとって君は、母親代わり……と呼ぶには若すぎるが、妹と呼ぶには歳が離れすぎている。
　……まあ、そんなところだ。」

「……私も、お嬢様のこと、家族みたいに思っています。」



　+ + +



大きな窓から、午後の日の射し込む書斎に、二人の人間がいました。
一人は、上品そうな黒のテールコートを着こなした男、
もう一人は、黒いメイド服に白い眼帯をつけた女でした。
その雰囲気は、先程までの剣呑としたものとは打って変わって、
主人と従者という関係を超えたかのような、和やかなものでした。

「……では、この頃はあまり、上手くいっていないのですね。」

「新しい理論はできているのだけどね。
　……動物実験の段階だが、どうにも毒性を下げられなくてね、投与の段階で、ネズミは全て死んだよ。」

「それでは、まだ人間に試す訳にもいきませんね。」

「だが、もう少しだ。
　この薬があの子に使えるようになれば、状況もきっとよくなる。
　……私はそう信じているのだ。」

そう熱く語る男の様子に何かを悟ったかのように、女は少し寂しそうにはにかみ、改まって恭しく会釈してみせます。



「……私は、お嬢様の為なら、悪魔にだってなることができます。」

よく見るとうっすら葉っぱが仕込まれている。
木精でもあるナナシはどうやらそれを媒介に操っているようだ。

アルにそう言われて、メグがおっかなびっくりミオの小さな手に自分の手のひらを重ねました。

手と手が触れ合った瞬間、メグは足元の感覚が無くなったのがわかりました。

急に足元にぱっくり落とし穴の罠が開いて、底へと落ちていくような感覚……。

……いや、それは錯覚で、足元から重力そのものが消え去って、メグの体は落ちるのではなく浮いていたのです。

重力の行き場を失った爪先に困惑し、最初は脚をバタつかせていましたが、
メグがどんなに暴れようが、これがミオの魔法か、バランスを崩すことは一度たりともありませんでした。

メグは自然と、不思議状態に置かれた彼女自身が頼りとする唯一の場所、ミオの手を ぎゅっ と握り締めます。

しばらくすると、重力の無いその感覚に慣れてきたようで、むしろ楽しんでいるメグがいました。

保護者役の白兎は、今や宙に浮かんだ二人の下……ここからは女の子だけのトークが始まります。

女の子だけになって、すっかり気を許したのか、メグはいつになく饒舌です。

メグとミオの生まれた世界が違うということを忘れ、すっかり普段の感覚で専門用語が飛び出していますが、

どうやら「日本」というのがメグの故郷、「女子高生」というのが元の世界のメグの職業のようでした。

そう言って、メグがにっこり笑います。