一歩。また一歩。
　丸太の様な足が地を踏みしめる度、小さな雷鳴のように地面が揺れ響く。
　ただ歩行しているだけ。ただそれだけの運動だったが、周囲はざわめき、その姿に畏怖した小型の鳥獣が警戒して逃げていく。
　無理もあるまい。そのすぐ側を伴うように歩きながら、契約主であるトカゲは思った。

　フォレストドラゴン。その名の示すとおり、森に住まう竜。

　ゼゼの契約した竜は四脚で歩行する首の長い巨竜の姿をしていた。地面と平行になる背中までの高さ、およそ３メートル。背には苔むした岩を甲羅のように纏っている。
　さらに高く伸びる首の天辺、頭頂に至れば５メートルには達しているだろう。
　その威容は地響きを上げて動く小山に等しい。はっきり言って生物としては規格外の大きさだ。危害を加えないと分かっていても、威圧感を覚えずにはいられなかった。

/t3/こうまで大型であらせられると、隠密行動は実質不可能か

/t3/伴っての奇襲も難しくなる。
偵察はベロキ単独でやらせればいいが、こちらの待機場所が割れ易くなるのも不利か……

/t2/何よりも食費だ。この巨体を賄うとなると相応の食料が必要だろう。主食は何だ？
やはり植物か？　ならば屋敷に生えている草を食べていただけば……いやだめだ。竜殿にその辺の生えた雑草を食べさせるなど言語道断。家畜ではないのだぞ……むぅ

　背筋を反り返し直立不動で硬直。これは条件反射に近い。

　僕が何かしたのだろうか。

　仮にもゼゼは契約主。だのにこう恐縮されてはこちらの方が居心地が悪い。先んじて彼の故郷の竜を崇める風習などは耳に入れていたが、ディプルスにしてみれば別世界の話でしかなかった。

　体躯こそ大柄だがディプルスは住み慣れた森以外の世界を知らない若い竜であった。一揆という戦が起きている事は聞こえていたが、噂程度のものでしかなく森の奥に住む自分には縁の無いことと捉えていた。

　だがその一方で、外の世界の出来事に興味はあった。
　若年ならではの好奇心。それは竜も同じと言うことだった。深緑の森の外には何があるのかを想像し、知りたいと思わなかったことは無い。
　平穏であることに不満は無いが、それでも非日常を願った。

　そんな時に、件の一揆衆が舞い込んできたのだ。

　種族も格好もバラバラの四匹。森では見かけないエンブリオたち。それらとの遭遇時には心が躍った。
　そして戦闘の末に、勝利した一匹のトカゲが自分との契約を望んだのだ。
　自分は選ばれたのだ。外界へと赴く権利を得られた。その時の歓喜は筆舌に尽くし難い。

　これから何が待っているのか。世界は自分をどう歓迎しているのか。

　そうして期待に胸を膨らませていたのだが……

　その水先案内人が青い顔して息を整えている様子では、不安になるのも致し方ない事であろう。

ほかの竜族との交流もしていると聞く。それならばある程度免疫が出来ていてもいいと思うのだが。

　歯切れの悪い同意。だが同意は同意と受け取ることにした。

　まだ契約したばかりだ。改善ならこれからいくらでも出来るだろう。

　気長に待とう。若い竜は自分に言い聞かせるようにし、同じ言葉を小さく反芻させた。

フン、と気合を入れ直す。

摂理に反する歪な技…というよりも、彼女はその技を、生命を弄ぶ禁術のたぐいであると考えているようだった。

言いたい放題である。

見知った場所だろうが何だろうが、異世界にいるという事実は、刺激に飢えた竜達にとっては格好の餌なのだろう。

ルリアンナの事について言われれば。

ゼゼに本当か、と問われれば。ええ、と若干申し訳なさそうな顔で頷く。

威厳も何もあったものではなかった。

長命だということは一つの個体の存続時間が長いということだ。
続く個体を必要以上に生み出す理由がないともいう。
だからこその、繁殖力の低さなのだろうが。

だから完璧に、呼吸するようにその力を扱うにはコツがいるし、才能も必要だ。
個体ごとに違いも出てくる案件ではある。

青年は小さくため息を付いた。
勘違いされやすいが、決して次元竜は全能ではない。

肩を竦めつつ、言葉を続ける

上手く説明できただろうか。
そんな事を思いつつも、そう締めくくる。
何にせよ、他の種族には理解し難い案件ではあろう。




そして受け取ったランプを手に作業に入る青年である。

燐光の灯る瞳と震える触角が、手の内のその材質を正確に読み取った。
そのランプとしての形状を損なうこと無く、また内部のエンブリオに影響をあたえること無いモノを。
ただしく作用する術式を思考のうちで構築する。

決めれば行動ははやい。
掌の上に載せたランプに、もう片方の指先が触れる。
途端……金の輝きが、燐光が、燈火の様な光がランプの表面を無尽蔵に走り抜ける。
脈動するようなソレは特殊な術式の為の文様でもあった。

かかった時間はほんの一瞬。
光の奔流が消え失せた後のランプを転がしながら青年は満足気につぶやいた。
作業は終わった、ということらしい。

ランプの表面には、うっすらと術式が刻まれているのが間近でみれば判ることだろう。

イナゴの殻をパキパキと噛み砕き、それはそれは美味そうに、トカゲはそれを食した……