「ぼくが思うに。君はもう少し他の事にも目を向けるべきなんじゃないかな」

　やぶからぼうに何を言い出す。

「適当に言ったつもりはないよ。ずっと考えていた事さ」

　ほう……。ならば聞くが、例えば何を見据えろと言うんだ？

「そうだね。まずはもっと鍛錬を積んで強くなろう」

　……。

「どうしたのかな？　少し目が怖いよ？」

　そいつは妹の入れ知恵か何かか？

「勘ぐり過ぎだよ。確かに彼女なら言いかねない事だけど、これはぼく自身の意見さ」

　お前にまで心配されるとはな。

「焼きが回ったと思って諦めてもらえると助かるかな」

　諦められるか。鍛錬全てを蔑にしてでも俺はこの研究を優先したい。　

「はは、まあそう言わないでおくれよ。君の目指しているものは確かにすばらしい。
　それを無駄と呼ぶ者は誰もいないだろうし、もっと評価されても良いと思う。だけど。それが原因で君が周囲から孤立してしまうのは、ぼくとしては不満があると言わざるおえない」

　どうしてお前が不満がる。大体俺だって褒められたいからやってる訳ではない。それに完全に孤立もしていない。
　俺はこのままでいい。今日の様に種を蒔き、水をやり、土を耕し。この砂漠に花を綻ばせるために力を尽くしたい。
　例えそれが這うような鈍い歩みでもいい。最後の鱗を脱ぎ捨てるその時まで、俺はこうして砂漠と花に向き合いながら生きていきたい。

「実に君らしい意見だ。うん。契約したばかりのころから君は本当に変わらないな。
　けれども。それは視野が狭いままだと言い換えることもできるんだよ？」

　余計なものなら視界に入れる必要もないだろう。

「それは些か極端な意見だね。君にとって世界は無駄ばかりなのかい？」

　そこまでは言っていない。

「ならばもっと世界に目を向けるべきだ。無関心は進歩の敵だ。
　だからこそぼくは君に変化を望んでいるし、鍛錬にも身を入れて欲しいと思っている。このままだと君の一生がひどく閉じた世界で終わってしまいかねない」

　閉じていても構わん。不都合は少ない。

「ぼくには不都合極まりないよ。それに君がそんな調子で頑固だから、集落のメス達にも相手にされないんじゃないか」

　仕方あるまい。俺よりも強い雄ならごろごろしているからな。

「仕方ないで済ませていい事じゃないよ。このままじゃ生涯何処にも婿入り出来ないんじゃないかと、ぼくはいつも気を揉んでいるんだ。
　君の血統が君で途絶えてしまうなんて。それはとても悲しい事だよ」

　俺は氏族の劣等生だ。劣る血を受け継ぐ意味は薄い。

「……そういう卑下はしないで欲しいな」

　……。

「戦闘力を重要な指標とするこの習わしは、確かに君への風当たりは強いだろう。
　けれど。その指標にそえないからと言って、命の循環を軽んじるような発言は感心できないな」

　……悪い。少々言葉が過ぎたようだ。

「そうやって自分の非をすぐに認められる素直さは好きなんだけどね。
　その素直さをもっと鍛錬の方に活かせてもらえれば、ぼくとしては何も言うことはないんだけどなあ」

　結局そこに行きつくのか。

「勿論さ。これからも思い出した時に言うから覚悟をしておくといいよ」

　やめろ。　

「それは出来ない。ぼくは早く君の子の顔をみたいんだ」

　本気でやめろ。



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　——砂の妖精、アイギル。俺が生まれて初めて契約を交わしたエンブリオ

　あいつとはよくそんなやり取りを交わしていた。

　ウヴルカを終えて、初めて契約をして以来ずっとこの様な会話を重ねていた。

　あいつは俺の研究の傍ら。宣言した通り暇があれば鍛錬しろと、良いメスを見つけろと口やかましく言ってきたが、俺はこうして会話ができるだけで満足だった。

　こうして集落の外れで話しながら、いつものように花の世話をして。
　実現できるかも分からない見果てぬ夢を、共有できさえすれば。
　そしてそれを成し遂げるために、一緒に試行錯誤を続けられれば。

　——本当に。それだけでよかったんだ。


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「新しい王様。あまり評判が良くない様子だね」

　ああ。そこら中からネクターを巻き上げているらしい。

「それは困った事をしてくれているものだ。でもこんな辺鄙な枯れた土地までは手を伸ばしはしないだろう」

　そう思っていたのだがな。先日、長のところに書状が届いた。
　この集落にあるネクターの花すべてを無条件で引き渡せと。

「長さんはなんて答えるか知っているかい？」

　さあ。そこまでは。だが、おそらく従わないだろう。
　無条件降伏などもってのほかだ。戦わずして生活を奪われるなど、氏族の誇りが許さない。

「氏族の誇り……今までの君からは考えられないセリフだね」

　ああ本当に。今更になって気付かされるとは。俺はどうしようもない大馬鹿者だ。

「ゼゼ……？」

　特訓を始めるよう。遅くても、前進なんて見込めなくても、やれるだけの事はやっておきたい。
　きっと近々。戦になる。

「戦……嫌だなあ」

　俺だって。だが奪われるわけにはいかない。一緒に守り通そう、アイギル

「うん……」

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　そうしてようやく、鍛錬を始めた。研究よりも何よりも、強くなろうとする努力を始めた。
　それはあいつが望んだ形ではなかった。それでもただ現状を。いつもの日々を守る事だけを願い、己の技と爪を研ぐことに腐心した。
　

　だが今も思う。

　俺がもっと強ければ。もっと早く心を入れ替えていれば。

　あの日失ったものは、もっと少なかったのだろうか——

紡がれる言葉はやたらとしみじみしたものであった。
続くゼゼの言には少し申し訳なさそうではある。

まあ流石にそこまで頼るのも申し訳ないがね、と苦笑しつつ。

ま、鬼ごっこ感覚ってのはあながち間違って無い気もするが。
ため息混じりにそうぼやく青年である。

世界を渡ることは次元竜にとっては息をするぐらいに当たり前のことだ。
感謝されると逆に気恥ずかしいものがある。
だからだろう、ちょっと照れくさそうに頬を掻きつつそうのたまい。

サラマンダーは、旋回するオウラスを目だけで追っているようだ…。

嫌なニュアンスの台詞である。