鬱蒼とした森のなか、２つの影が道なき道を進んでいく。
左前方に先行しているのは金色の光。
鮮やかな金髪が木漏れ日に照らされ、時折眩しく目に映る。
彼女が、今回ユキシロが護衛する対象であり依頼人であった。
ユキシロがその日請け負った仕事の内容は、偵察隊の護衛任務だった。
ユキシロが護衛する対象は、特定のパーティーメンバーに限ったものではない。
この"一揆"という作戦を遂行するにあたって、情報というのはとても重要である。
偵察して持ち帰った地形情報や危険な獣が徘徊するルートなどは、抜け道や近道にも使える。ゆえに、そういった情報は決して少なくない金額のお金になるのだ。
実際に、踏破した人を案内人に据えて少人数で各所のレアなエンブリオや材料を確保していこうと考えているパーティは多い。
そして、その需要に応えるために、未知の脅威に襲われるリスクを負ってでも先頭を突き進むのが偵察隊だ。
護衛を担うユキシロの役目は、それらの脅威から彼らを守る仕事である。

「もう少しで合流場所に着くからね。それまでの辛抱だよっ」

明るい調子でユキシロに話し掛けてくる、先程の金髪の女性。
周囲には彼女一人で、これからもう一人のメンバーと合流する所だという。
彼女の服装はラフにまとまっており、弓矢の似合うハンターといった出で立ちだった。
人の手の入っていない森の中を苦もなく進み、隣に居るユキシロに話し掛ける余裕がある程だ。
整った容姿とは不釣り合いの、自然と共に生きてきた者特有の野性味すら感じさせる。
対してユキシロの方はだぶついたいつものパーカー姿であったが、裾を枝木に引っ掛けることもなく無言のまま付いていく。
その動きは熟練した兵士のように無駄が無く、機械的だ。
しかし、幼い容姿と頭上に居る猫があくびをしている様子が相まって、どこか緊張感に欠けた姿になっている。
ほどなくして、少し開けた場所に出る。
２人の視界に特徴的なウロのある、幅の広い大きな樹が見えた。
その傍には長身の男性が立っており、近くに寄ると男は視線を手元の懐中時計からこちらへと向けてくる。

「……15分の遅刻ですよ」

「やー、わるいわるい。ちょっと水牛の群れに出くわしちゃってさー」

たははと笑いながら、すぐに判るような嘘を言い、『ごめんね？』と片手を立てて謝るポーズを示す。

「いえ、責めてるわけではありません。あなたが無事だったら良いのですよ。
　……おや、そちらの方は？」

値踏みするような目でユキシロを見つめる。
黒い執事服に身を包み、落ち着いた佇まいや切れ長の赤い目は深い知性と教養を感じさせる。
それに対して、ユキシロは軽く頭を垂れて目礼するに留める。
自分から名乗らなかったのは自身に関する連絡が行き届いていなかったことに対する疑問と、依頼者の顔を立ててのことだった。

「あっ、彼の名前はユキシロさん。
　私が今回の護衛の為に雇ったんだよっ」

自信有りげにそう話す彼女は、護衛を引き連れてきたことを『よくやった』と褒めて貰いたかったのか、どうだと言わんばかりの表情で男の方に胸を張る。
ユキシロの護衛料は既に彼女が全額支払っていた。
どうやら雇ったのは彼女の独断であったらしい。
しかし、この世界で動くにあたって人数が大いに越したことはない。
なぜなら、人数が増えることにあたって、まず第一に安全性が大きく増すことになる。
少人数よりも3,4人で動いた方が、何かあった時に対応しやすいのだ。
それに、ユキシロが探索で見つけた物もすべて差し出す取り決めなので、自腹を切って雇ったのならば利点こそあれ、男の方に不都合はなさそうなものである。
二人の関係が夫婦や仲間であれば共有資産などの問題もあるだろうが、そこまでの深い仲ではないとユキシロはふんでいた。
しかし、その男は女の言葉を聞いて表情を一変させた。

「はあ？
　おかしいですね。そのような話は初耳ですが。
　……困りますね。勝手なことをされては」

端正な顔が不快感に歪み、それを隠そうともせず、女性の方へと吐き捨てるように言う。

「い、いやぁ、確かに言わなかったのは私が悪かったよ……
　でも、メンバーは多いに越したことはないだろう？
　キミの負担になるようにはしていないから、サ」

しどろもどろにそうなだめるが「でももクソもありませんよ、まったく。余計なことを」とにべもない。
その矛先は、我関せずとばかりに眺めていたユキシロにも向けられる。

「それに、そのガキは本当に使えるのですか？
　見たところ背丈も小さいし、武器らしい武器も見当たらない。
　役立たずの厄介者など、金を払ってでも不要ですよ」

嫌悪感も露わにそう言い放つ。
それは既に敵意や殺意といっていいほどの圧力ではあった。
ユキシロは、それに対して無言のまま懐から武器を取り出し、男に構えてみせた。

「ほう……？
　その武器。見たことがありますよ。
　全く同じ型ではありませんがけどね。なるほど。
　確かに、それなら体格の差や、手荷物の少なさも関係ありませんね。
　なんていいましたっけね、それ。
　確か……、そう。知り合いはそれを"銃"と呼んでいましたよ」

ユキシロの手には黒塗りの拳銃が握られていた。
男に向けて構える様子は、見た目に反して様になっており、引き金を引けば弾丸はまっすぐに男の眉間へと吸い込まれていくだろう。
ユキシロは静かにその手を降ろし、無表情のまま懐にそれを仕舞った。

「……いいでしょう。肝も座っているようだ。
　少なくとも、役立たずではないみたいですね」

男は瞳を閉じてしばらく黙考したあと、目を開いて微笑みを浮かべた。

「それでは先に進みましょう。
　ほら、あなたも何をボーっとしているのですか。
　行きますよ」

言われ、ハッと顔を上げて金髪を跳ねさせながら、

「い、いやぁ、ホントにすまなかったよー。
　この埋め合わせは必ずするよ！
　だから、ごめんね？」

「いいですよ、まったく」

そんなやりとりをしながら男の後を追いかけていく。

（……なんとか話はまとまったみたいだな）

男の急激な態度の変化に戸惑いながらも、内心安堵しながら、ユキシロもその後に続く。
フードに隠れていたが、ミケも中から顔を覗かせる。
その表情は緊張が解けてぐったりとした様子で、所々汗をかいているほどだ。
対してユキシロは汗ひとつかかずに平静としたもので、その外観からは内面を窺い知ることができない。
ユキシロは懐の中に手を入れ、少し手に余る大きさの拳銃を触り、その様子を確かめる。

（……でもこれ、モデルガンなんだけどね。
　案外気付かれないもんだねぇ。
　ほんと、最近のは良く出来てるよ）

その心の声に、ミケだけがヤレヤレとばかりに首を振って呆れてみせる。
ポケットの中のそれは、銃の形を模して作られた、弾の出ない偽物だった。
もしも男に銃の知識があったり、近くで見られていたら気付かれていたかもしれない。

（銃もあれば便利なんだけどなぁ。
　でも、いざという時、手元にあればそれに頼ってしまいそうなんだよな。
　……もうあんな思いは、二度としたくない）

銃を扱うユキシロの手つきはとても手慣れたもので、しばらくその感触に浸っていたが、やがて飽きたかのように手を放す。
ミケは再びフードの下に隠れてしまい、その表情は窺い知ることができなかった。


その後、大きな戦闘もなく偵察は無事に終了した。
最初は不機嫌だった男も、調査が始まってからはすっかり物腰が和らぎ、女の方を労うような言葉もかけていた。
ユキシロが二人と別れる際には、仲良く二人で肩を並べて去っていったほどだ。
後に、ユキシロは男女の仲ほど不可解なものはない、と語ったそうだ。


ユキシロにとってその護衛任務の結末とはそれだけのもので、それ以上のことは何も無かった。
再びその女性から依頼されることもなかったので、その後彼らがどうなったのかをユキシロは知らなかったし、興味もなかった。
その時、３人が先行調査した地域の情報が明らかになったのは、それから３日後の、一揆本隊が調査に赴いてからの事だった。
情報が売られた様子もなく、その地域一帯ではほとんど手付かずのままだったという。



※ENo.1500 ハルシオンさんのサブキャラさんをお借りしました。快諾ありがとうございましたっ
※話のオチなどはシオンさんの過去日記などを読まれると判る……かもしれません(''；　スミマセン

気遣わしげな調子で。