燃え盛る貴族の館の中。
レーネフィアは火がちろちろと表面を覆っている廊下を歩きながら、掌の上の、拳ほどの硝子のような塊をじっと見つめた。

結界が存在することそのものを隠蔽する為か、結界そのものの物理的な強度は低い。
それを影越しに理解したレーネフィアは、結界を物理的に破壊することを決めた。
館に勤める使用人を一人操り、爆発物で結界を爆破させる。
邪を遠ざけるための結界は、ただの人間である使用人に対しては無力である。
あとは燃え盛る館の中を悠々と歩いて、隠してあった宝を持って出ていくだけの話だった。

賢者の石。彼女の世界でのそれは、知識——そして魂を記録する情報媒体である。
同時に——魂のみで生きる彼女にとっては、自らの魂を縛り、身体を形作る構成要素でもある。

もっとも、賢者の石を大事にしていた理由自体は、レーネフィアには関係のないことではあった。
そう、関係はないのだ。
レーネフィアにとって、相手は踏み倒すべき障害物以上の存在ではないのだから。
別にあの貴族が賢者の石を善行に使うつもりでも、レーネフィアは変わらないやり方で賢者の石を持っていっただろう。

そこが貴族の最大の誤算ではあった。
レーネフィアが賢者の石を狙う輩だったとして——このようなある種無差別な真似には出ない、とたかをくくっていた。
実際レーネフィアの振る舞いを見れば、そのような誤解自体は仕方ないことではあったし、もしこれが街中であれば、レーネフィアもこのような行動には出なかっただろう。
それは被害の問題ではなく、価値観の問題である。
レーネフィアの価値観にとって、“王より搾取される無辜の民”と、“親王派の貴族に雇われた使用人や兵士”は別の生き物で。
彼女の価値観はあくまで貴族としてのそれだけであり——人間の、もっと言えば吸血鬼としてのそれすら、皆無だった。
少女の形をした器に歪な魂が押し込められた歪んだ存在。
貴族としての誇りを語りながら、彼女の庇護すべき存在から外れた者にはどこまでも残酷になれる。
それがレーネフィア・ディ・ステラの全て。
彼女の親がそうであるように——彼女もまた、どうしようもなく怪物だった。

だからレーネフィアには、すでにこの貴族の館にいた者への関心はなかった。
彼女の関心は既に手の内にある賢者の石に込められていて、
だからある種、慢心していた。

どすっ。

レーネフィアの胸の中央から、鈍色の刃が突き出している。
その刃を握っているのは——

レーネフィアが焼いた館の主——賢者の石の持ち主。

刃が捻られ、陶器のような何かが壊れる音が響く。

——レーネフィアの意識は、それを最後に闇に落ちた。