おずおずと試着室から出てきたのは、

黒いコルセットに白いロングスカート、同色の細身のボレロを羽織ったミズナ。

ルドベキアに連れられ、商店街のブティックに入ったのが約30分前のこと。

店員に話しかけられ、戸惑いながらも受け答えするミズナを余所に、

本来こういった場所とは無縁のはずの男は、あっさりと目当ての服を選び取ってきた。

肌の露出を恥らう乙女を気遣ってか、爪先から首元まで布で覆ったコーディネートではあるが、

上着の袖口に入った切れ込みであったり、スカートの、豊富な布量に対し薄く軽い生地といい、

これからの季節に合わせ、涼しげなデザインである。

…実は、最も苦情が上がりそうな胸元に限って露出していたりするのだが、

そこはすでに「コルセットとはこういうものだ」「この季節に低露出は逆に怪しまれる」と説き伏せた後である。

勿論それは建前で、完全にルドベキアの趣味である。

テンプレート通りの台詞と笑顔の店員など気に留める様子も無く、

男は試着室の入り口に揃えられたミュールの横に用意した編み上げブーツを示す。

彼女が着替えている間、他の小物を物色していたらしい。

男が腰掛けているソファには、いくつかのアクセサリが入った籠も置かれている。

従順にブーツに履き替えた後、店員に促され、鏡の前に立つミズナ。

スカートの裾をつまみ上げ、鏡に映った己の姿を確認する様子は、

どう見ても見た目通り、年相応の娘。

強大な力を持った、異界の祖竜とは程遠い。

しかし、まだ何か物足りないのか、不満気に息をつく男。

顔の上半分を覆っていたはずの目隠しはまたわずかにずらされ、その奥には紅と蒼が揺れる。

おもむろに立ち上がったかと思えば、音も無くミズナの背後に忍び寄り——

彼女も気付けど、時すでに遅し。

抜き取られる簪、ほどけ広がる蒼髪。

はっと頭を押さえるが、それは髪ではなく、

髪をまとめるための芯として使われていた、自身の角を隠すため。

意外そうに、男が肩をすくめる。

ミズナも苦笑気味に手を下ろす。

が、その手が隠していたはずの角は、跡形もなく消え、

流れ落ちた髪は、三つ編みの跡か、緩やかなウェーブを描いている。

穏やかな海を思わせる蒼を撫で梳き、早速整え始めるルドベキア。

ちょうど角があった辺りの髪を束にし、慣れた様子で編んでゆく。

限りなく狭い視界、かつ、全て手櫛でありながら、編みなおされた髪には寸分の歪みも無い。

首を傾げかけるのを我慢し、鏡越しに問いかける。

編み終えた束をピンで仮止めし、もう片方の横髪も編んでゆく。

二本の三つ編みを後頭部の高い位置で合わせ、バレッタで止める。

最後に、細い背に広がる海原を、もう一度手櫛で整え

ようやく、満足気に頷く。

右側、左側、と首を回し、何度か視点を変えて鏡で確認した後、

本人も気に入ったらしい、今日一番の笑顔で頷く。

先ほどまで着ていた服をまとめさせている間に、支払いを済ませる。

その金額は…店に入る前から予想していた通り、

すっかり庶民に染まった彼女に見せていいような数字ではなかった。

しかし、躊躇うことなく代金を払うルドベキア。

その様子に、そう大した額ではなかったのだろう、と、まんまと騙されるミズナであった。

特にコルセットなど、ウエスト・アンダーバスト・トップバストが正確に測れなければ選べない代物である。

目隠しで覆われていても分かる、ドヤ顔。

サイズを測るためとは言え、胸や股間を直接、しかも揉むまでしてみせた知人もなかなかアレだと思っていたが、

よもやそれ以上の変態が、身内にいたとは。