日本でも、メルンテーゼでもない。

異世界、リーヴェルディース——別名、慈愛の岐点。

ガルヴァニナーナが先日連絡を取っていた、彼が守るべき故郷の中心、常闇の森。

大きな茶封筒を抱え、少女が隣の部屋から出てくる。

その目元には、メガネでは隠せないほどの隈ができている。

束ねていた黒髪を乱暴に解き、封筒ごと机に突っ伏す。

少女が腰掛けた席の向かい側に座っていた銀髪の青年が立ち上がり、

下敷きにされた封筒を引き抜く。

あぁいや、畑はやらんとかー、めんどいー、たいぎいー、などと、

５・６歳にしか見えない容姿とは不釣合いな低い声でぼやく少女。

しかし何を思い出したのか、はっと顔を上げる。

お見通しだと言うように、青年は笑う。

ほら、と長い指が示す先には、大根や人参、アスパラガス、各種葉物といった季節の野菜の山。

その中に、収穫後、倉庫で保管していた玉ねぎとジャガイモもあることを確認し、少女は再び机に突っ伏す。

青年は苦笑しつつも茶の入ったカップをそばに置き、少女の髪を撫で漉く。

歪まないよう、額から突っ伏しているのは分かっているが、その体勢では逆に首が疲れそうである。

伊達メガネのため、外しても視力に影響は無いが、

人間だった頃の名残か、メガネを外すと睡魔に襲われる体質は変わらないらしい。

気だるげに身を起こし、茶を啜る。

そこに、少女が出てきた扉とは別の——玄関の扉が開けられる。

僅かに身をかがめ、潜り抜けるように入ってきたのは、フードを被った長身の男。

少女の夫である青年も長身の部類に入るが、男は彼よりもさらに頭一個分高い。

少し離れたところに位置を変えられていた茶封筒の上に転がされるのは、色とりどりの魔石。

それを気に留める様子も無く、男はひとつ鼻を鳴らす。

そう、ドアのそばの野菜の山を指差すが、男はまた鼻をひとつ鳴らすだけ。

それもそのはず、２人を見下ろす彼の両目は、幅広の布で覆われている。

ため息ともあくびともつかない、深い息をつく少女。

２人の間にもうひとつ茶を差し出しつつ、青年は首を傾げる。

べん、と少々不機嫌そうにメモ用紙を叩きつける。

男は身をかがめつつ目隠しをずらし、左目だけを露出させる。

彼に唯一残された色、青い光が揺れる。

横から覗き込む青年。

そこには、青年が読み上げた以外にも、彼にとって聞き覚えのある単語が書き連ねられていた。

しかし、線で区切られた下には聞き覚えの無い、奇妙な単語が。

それ用の転送石もつけますから、と、もうひとつ魔石を転がした後、またひとつ息をつき

今にも吼えそうな少女を、どうどうと押さえる。

しかし

まさか70年『時渡り』するとは思わんかったよ！　と両腕を上下に振り回す少女の怒りは収まりどころを知らず。

その小さな片手を取り、敢えて怒りを受けているのだろうが、ただ握手しているようにしか見えない。

テーブルに広げられていた魔石の一つを使い、野菜の山を荷造りしていた青年。

急に呼ばれ、意外そうに声を上げる。

言葉の割に、その声は嬉しそうで。

一件の事案につき、一人が関わることができるのは一つの要因まで。


その縛りの中で、『力を持たぬ代わりに全ての能力者へ協力を要請することが出来る権限』を持たされている少女は、

『彼の男をガルヴァニナーナに助力させるため万全の状態で異世界へ送り届ける』ため、ここ数日、方々へ走り回っていた。

その中で、能力者の中でも特に希少な『時空』に関わる力を持つ能力者は、

パストラーナ（の持つ時空をを切り裂く魔剣）を残して、すでに使い果たしていたのである。

手早く他の魔石と茶封筒をまとめ、ぽんと手渡す。

雪乃「…この快適な涼しさは…もしかして…」