木より降る花。頭にひとつくっつけたまま、
落ちてきた合歓を手の平に載せ、自然が成した造形美をじっと観察する。
初めて目にする花だった。顔を近づけてみると、夏の果実に似た香りが仄かに鼻先をくすぐった。

卯の花腐しとそれをしばし見比べたあと、自らも恐る恐る、口に運んでみる。
人間ではないが、花を喰う種族でもない。
しかし顔を顰めることなく、徐々に食んで、内に飲み込んでいった……。

白い狼を見て、はたと目をやる。視線が合った。
靴の先を前足でつつかれている事に気付き、首を傾げる。
屈んで狼の右足を見て、手紙が巻き付けられている事に気付いた。

強い湿りを持ったそれを、破かないように慎重にほどく。
巻き痕のついた紙を開き、一瞬、顔を顰めた。
滲んだ文字に痛ましさを感じているようである。まるで、自分が傷付けられたかのように。

紙とインクの状態から何かを感じ取ったのか、一呼吸置いて——手紙を読んだ。


読み終わると同時に、右手で顔を覆った。
隙間から見える口の端から、食いしばった歯が見えた。

狼の頭を撫で、懐から竹筒を取り出すと、トランクケースから出した小さな皿に水を入れた。
すい、と、その足元に皿を差し出す。
「ここまで届けてくれて御苦労様」そう言って。

しばらく悩んで、トランクケースから今度は便箋を取り出す。
睡蓮が隅にあしらわれた、控え目な印象を与える便箋だ。
それでもまた悩み、傍らの狼に目をやり、ようやく右手を動かし始めた。
するすると生き物のように、黒色が文章を認めていく。
書いた手紙を折り畳むと、来た時と同じように、狼の右足に巻きつけた。

前略

こちらも、そちらの事は知っておりました。
と申しますよりも、似た影が通ったような気がしたという程度です。
こう書いてしまうと、「知っていた」というのは嘘になりますね。

体調を崩されたとの事、その後状態はどうでしょうか？
こちらは先日、ブランチマンという輩にのされ、半日程気絶していたようです。御恥ずかしい話です。
その後は元気にしておりますので、御心配無く。

宜しければ御見舞いに行きたいところですが、こうして手紙を寄越されたのです。僭越ながら事情を御察し致しました。
私に困るところはありませんが、あなたに負担をかけるのは趣味の悪い話です。
快癒した暁には、こちらから訪ねましょう。もしくは、御会いできそうな頃合に。
折角の縁です、是非とも拝顔したい所存です。

文字を笑うような真似は、私は致しません。見損なってもらっては困ります。

旅路を案じて下さって、ありがとうございます。
あなたの旅路にも幸多からん事を。
そして、早く御体を治して下さいね。
くれぐれも無理などをなさらぬよう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　早々
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文箭より

卯の花腐し様へ