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「忘れ物はないですか？」


旅立ちの日。
きっと帰ってくるのは一瞬だろうけど、恐らく長い長い戦いが待つであろう14歳の少女を前に
掛ける言葉が見つからないまま、しかしなんとか振り絞って掛けた言葉がこれであった。

「ないよー、だいじょぶだいじょぶー✿」と、微笑みながら手をひらひらさせて笑う主人を見て
もう少しマシな事が言えないのかと自分の言語能力を恨みながら、自分の中に息づいた
新しい核のことを思うと、恨み事も言えないのがまた恨めしくなる。



主人が帰省をきめ、そのために作られた存在。
思考回路はごく単純化されたＡＩであり、目に見えるであろう感情は全てプログラムである。
今でこそわかるが、単純化されていても相当高度なＡＩが組まれていたのだが、嬉しいだとか
自慢したくなるだとかそういうことは全くなかった。


主人が帰る3日前。
やはり、私はここに残ることになった。不思議と、寂しいという言葉を検索したり、タンポポ荘や
主人通った足あとをなぞり、その行動に首をかしげたりもした。プログラムされた存在であって
主人の役に立てないことは何よりもの不幸なのだと思った。


主人が帰る1日前。私は主人の部屋に呼ばれ、大事な話をした。
とてもとても大きくて優しい、そして強い意志を持った14歳の少女の計画。


「精霊ノ、コア？」

「そう。リバラに入ってる奴と同じ、動力とＡＩを兼ね備えたコアだよ。」

「ソレヲ、私ニ…」


主人は微笑みながら、そうだよ。と返し、同時に移植のための作業を始めている。
当然のことながら私はそれを黙って見やりながら、同時にいろんなことを考えていた。
リバラさんの話は聞いていたし、そのコアがどのように動いているのかも理解している。
つまりは中に入る精霊がいてはじめて稼働するエネルギーコアである。


リバラさんは主人とともに、アイグレーさんはこちらに残ってエンブリオの管理を任されているので
残っている精霊などいないのも事実で、この時は着々と進む準備を目にしながら不思議に感じたりもした。


作業が始まり、時計の長い針が一周と半分を過ぎた頃にはもう新しいコアの取り付けも終わり、
私の中に空っぽのコアの重みが増えた。精霊コアは燃料などの追加重量が無いため、実質これが
新しい重みとなる。不思議と心強い重みにも思える。


「聞きたいことがあるって顔をしているね？」


なぜ分かったの？という言葉を皮切りに、不思議に思ったことをそのまま言葉に出してみる。
なぜ今のコアではダメなのか、どうしてこれを入れようと思ったのか、そして中に入る命は
一体誰なのか。そんな疑問も、主人は「やっぱり」と苦笑いしながら続ける。


「とりあえず、分かりやすいところから答えていこうかな。」

「最初。やっぱりね、この世界であなたを動かすエネルギーを確保し続けることは、離れて
いたら厳しいのね。加えてこちらに残るアイグレーでもメンテナンスができることが重要なの。」

「アイグレーサンガ…」

「普段おちゃらけていても、リバラを作る時にずっと一緒にいた唯一の子だし、このコアは
あの子でもメンテナンスがしやすいから。２つ目も似たような感じかな。加えてみれば
これを付けることによって色んな物を感情的に捉えることができるようになるの。そうすれば
あなたも楽しんだり、少しだったら食事もできたり、いろいろなことを感じられるようになる。」

「…………」

「私の２つ目の願いはそこ。私達の勝手な都合で作って、ここに置いて行かなくてはならない
せめてもの償い…ううん、感謝の気持として、あなたに自由をあげたい。」

「最後ノハ…」

「最後の質問はね、入る精霊は私だよ。」

「？？？」

「正しくは私の半身…かな。昔ね、流行病の時にたすてくくれた精霊さんがいたのね。本当に
危なくて、力も制御できなくなって、そんな私を助けた代償で未だに眠ってしまっているけど」


初めて聞く話にダメージを少なからず受けながらも、同時に潜在魔力が「魔法を使えない人間」
にしては大きすぎることに、不思議と答えが出たような気がする。しかしそんな大事なものを…


「今はね、この心を切り離してももう制御ができるの。実際病気は治っているし、何度か
このこを起こそうと頑張ったりもしたから。でも、この娘は起きないのね。何をしても、
どんな精霊に診てもらってもダメだって答えしかなかった」

「だからあなたと一緒に─────────────────────


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「忘れ物は、ないですか？」


ゲートに立つ主人を見て、やはりその言葉が一番に出てくる。
主人の答えは先ほどと違って、「ありがとう」だった。


「早く帰ってきてくださいね、美味しいお菓子のお店、沢山探しておきますから」

「いや、一揆も頑張ってね！？」

「そんなの二の次に決まってます。きれいな景色が見える場所とか、いろんな場所にも行かないといけません」

「…そっか」

「コロナさんとも約束しました…しっ…！」

「…ありがとう、あーちゃん」

「…あーちゃんってなんですかもう…」

「だめかな。あなたとわたしはもう姉妹みたいなものだから。親しみを込めて、ね」


だから、泣かないでね。あなたも元気で、あと無理はしないでね。

泣いてません。どうせすぐ帰ってくるんですから、涙なんて要らないでしょう。




…ありがとう。




こちらこそ、平和な旅になるように祈ってるね、エル。

兎にとっても精霊術は門外漢ではあるが、脳みその皺と皺を寄せて、何とか理解しようと努めてみる。

紅髪の少女の慈愛に満ちたまなざしをその身に受けて、思わず心が温かくしていたメグが、
ここでようやく夢見心地から現実へと意識を戻してやってきた。

そもそもの「精霊」という概念について、聞き齧った知識しかないメグの頭は、ここでパンクしたようだ。