視界に入った紅い花。緑の揺れるこの場所でこそ目立てど、天へ届き覆い尽くすまでのネクターを見てきた身にはただの花畑としか思えなかった。世界中からかき集めなければならないほどのネクターを必要とした王と、そのエンブリオの契約。天と地を結ぶほどの力が無ければ維持しきれないそれ。
　その領域に足を踏み入れているのは、果たしてこの王城に一体何人いるのか。それが王ただ一人の成しているものであるとは思えなかった。
　二ヶ月近くを戦い続けている一揆衆は、契約者の生命力の、あるいはエンブリオの共存の限界であるらしい十のエンブリオと契約し、かつ最高までの同調を引き出すまで訓練している者がほとんどだ。だが進む中で手に入れたネクターは尚その手に余っていてそして新王勢と戦うための力は際限なく必要になる。
　結果としてネクターはエンブリオに注がれ続ける。十の中から選ばれたただひとつのエンブリオとどこまでも分かちがたく結びつきを強めていくという形で。

　契約は人の一存で破棄できる。しかし逆を言えば、その一存を実行しない限りにおいてどこまでもその契約は続いていく。
　そしてこの一揆はいつか終わる。強固な結びつきと鍛え上げた力は、いつか必ず不要になる時が来る。
　その時何人が素直に力を捨てられるのか。自らと変わらぬ、あるいは自分を軽く上回るほどの力の持ち主が数多いると知る一揆衆のうち、力を捨てる決断のできる人間がどれほどいるものか。
　そして契約を続けることを望むもののうち、どれだけが契約を維持できるのか。力を持ち続けるためのコストは莫大なネクターだ。それこそ天と地を結びつけかねないほどの。

　一揆はいつか終わる。暴虐を振るった王は歴史から引きずり降ろされる。
　だがそれでもおそらく、メルンテーゼの内乱は終わらない。王の次の持てる者から、ネクターを奪う戦いが始まるのだろう。
　眺め続けていた花畑のうちから火の手が上がる。僕はそれを一瞬、ネクターの花吹雪と見紛った。

語り口こそレナートへ同意を求めているものの、視線は傍らの竜へと注がれている。

多分そこじゃないが、本人は気づいていない。
なぜ割り切れたのかと問われれば短く答える。

どこか、絶望の色を滲ませながら。

するりと尾に巻き取られ、仕舞われていくエンブリオを物珍しげに眺めて。