一人、屋敷の奥へと歩みを向けた。

　屋内は長く放置されていたせいか埃っぽく、一方で多くの探索者に荒らされただろう痕跡も珍しくなく散在している。欠けた壁の隙間から光が差し込み、粉塵の舞う室内を眩く照らし出していた。
　日差しと陰影が交差する廊下を歩きながら、アデルは肩に載せた妖精と言葉を交わす。

「『……ほう、あの森の奥、また妖精どもが出てきたか』」
「ええ、他にも何かあるかもしれないけど、とりあえず出てくる敵はあの四人で固定だと思っていいんじゃないかしら？　会おうと思えばいつでも会いに行けるわね」

　話すのは先日妖精と交戦した森についてだ。
　とある機会から知人に引率を頼める事になり、最奥部だったのを失念して妖精達と戦う事になってしまった。
　幸い道を塞ぐための相手ではなかったらしく情報のないまま撃破したが、その後他にも妖精達を撃破した人間が更に奥へと歩みを進めたらしい。
　結果が妖精との再遭遇、詳しく調べた訳ではないが、ロザリアの言う通り訪れる度にあの妖精達が出てくると思っていいのだろう。

「『……まー、と言っても暫くそっちへ行く都合をつけるのは難しそうなのだが……』」

　行く用事もない、というのがアデルにとっても正直なところだ。
　契約のリソースを割く余裕もなく、稼ぎとしては悪くないだろうが各通行止めを解除する用事が数多く残っている。

「そうねー、この後水辺によって、その後はどうしようかしら……」
「『ユリアと話して決めるさ、二人で話せばいいから予定なんてどうにでも都合がつく』」

　古びた廊下は体重をかける度に軋む音を響かせる、事前情報のまま道を辿り、一つの大扉の前で立ち止まった。
　魔術鞘から戦輪を現出させ、一つ息をつく。

「『道筋が分かってるというのは味気ないな、……此処が最奥か』」
「そうよ、全部探索し切った訳じゃないけど」

　扉の向こうへ意識を向ける。
　部屋の外からでも感じる身を掻き立てる光の波動、後ろに控えていたクロガネが襟を緩めると、首に刻まれた紋章が赤い光を放っていた。
　睫で赤紫の瞳を伏せ、クロガネがポツリと呟く。

「……戦乙女」
「『……私達にとっては不倶戴天の敵だからな、聖痕が反応して当然か。』」

　重鎧に遮られて光を示す事はないが、自身の聖痕が疼いている事はアデルもまた感じていた。
　体は熱を持ち、心は鼓動を刻み、精神は戦いの予感に昂ぶっている。

　———アデルの出身、ハイデルランドは一神教を掲げている。しかしそれは他に神々が存在しない事を示す訳ではなく、実在する彼らは人々に干渉するため度々眷属を差し向ける。
　戦神もその一柱、アデルの世界で戦乙女とはその眷属であり、彼の神の娘達でもあった。

「『……まぁ、同じ存在じゃないのはわかってるし、一緒くたにしていいものでもないとも分かってるが』」

　それでも口元には冷たく薄い笑みが浮かぶ。
　理性でわかっていながらも決して止められない精神の淀み、かの戦乙女たちは数多くの世界で語られるのと同じように、勇者を選定し、度々その魂を連れ去っていった。
　戦乙女は『勇者の死を以って自らの神の眷属とする』のだ。

　聖痕を持たない人間にとってはただの伝承、しかし聖痕を持つアデルにとっては何度か繰り返した忌まわしい魂の取り合いだ。
　優れてるが故に見初められ、優れているために殺されるなどどうして許す事が出来よう。

　永生者であるアデルに生死の概念はなく、その魂が他の神々に攫われる事もない。
　———だからこそ、普通の生、普通の死の尊さを知っていた。神々の遊びで勝手に切り取られていいものではないのだと信じていた。
　傭兵でもあるアデルにとって、優れた戦士とはかなりの確率でかけがえのない戦友であり、尊敬に値する同業だった。
　その魂をつまみ食いする彼女たちを魔女と称する事に、何のためらいを抱くはずもなかった。

「『———私怨だ、別に根本をどうにかしろとは言わないさ、でも、八つ当たりは受けてもらう』」

　　　△　　土　▲
　　（　㊤　皿　㊤）　　がしゃーん
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　／│　　塊　　│＼　　　　　　　　　がしゃーん
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