テント内は、暫しの間休憩時間に入っていた。
　入口付近の居間では囲炉が火を宿し、周辺を囲む面子の影を揺らす。

　休日などという本格的なものではない、この後に備えての、仮眠に近い休養だった。
　この後、リティリア達はシャンテを連れて異世界にある拠点へと帰還する。
　リティリアの診断によると魔力不適合———エンブリオか、それとも環境的なものか、現地調査をしていないために原因こそ特定出来ていないが、この世界のなんらかの要素が彼の体調を崩したのではないか、という話だった。

　休養はその帰還に備えてのものだ、異世界移動は大幅に術者の魔力を消耗する。
　加えて万が一の事故が起きた場合は危険性が高く、万全な状態で臨むに越したことはない。

「アデルには何の問題もないんだな」
「そうねー……お姉ちゃんはお姉ちゃんで特殊体質だから、参考になるのかってのは怪しいんだけど」

　魔力の殆どをクロガネに供給してる都合上、アデルはマナに対してある意味で敏感だ。
　言うならば常時酸欠状態で、体が魔力を欲しているために嗅ぎ分ける事に関しては長けている。

　造詣の方は決して深くない。さわり程度の知識しかないから魔術の内訳など察しようもないし、魔術を探るための魔力も持たない。
　下手すればシャンテ以上に魔力の影響を受けかねない体質だが、今回に関しては問題がないようだ。

「思うにー…クロガネにとって有害な魔力じゃなければ、お姉ちゃんにとっても問題ないって思うな」

　決して口数の多くないクロガネが指を動かすだけの軽い会釈をする。言葉こそないが、唇の動きはそれに対する同意を示すものだった。

「ん、じゃあシャンテだけ連れ帰ろう。差し入れはアデル用に残しておくぞ」

　荷物から取り出されたのは、赤いチェック模様の包み。
　不用意に力をいれれば潰れてしまいそうな柔らかさと、布越しでも伝わる熱の余韻は、まごうなきシャンテが好きだった、のばらの弁当だった。
　他の子の好物ではあったが、アデルがそれらを要求したことは一度もない、だから苦笑して。

「……連れ帰り決定してなかったら、シャンテちゃん達に差し入れる気だった？」
「弁当の一つや二つで調子が戻るなら安いものだろう、まぁ、有効利用してやれ」
「お姉ちゃん実はそこまで甘いもの好きじゃないんだけどね」
「知ってる、お前の好みはとびっきり強い酒だろう」
「私は嗅覚でしか酔えないのよ」

（言葉に少年は振り返って首を左右に振った。挙動に合わせて帽子から下がった装飾が涼やかな音色を奏でる）

（そう答えて、外へ向かおうとして追加でかけられた言葉と、よく知った、聞きなれた人の名に、びしっと音がしそうな勢いでその挙動が凍りついた。
ぎぎぎ、と軋んだ音さえ聞えそうな、日頃の流麗な所作とはかけ離れた奇妙な動きで、友人の顔を見つめる左右色違いの瞳には、分かりやすい程に動揺が浮かんでいた）

（悪い冗談じゃないか、いやそう言ってくれ……と懇願しそうな勢い。噂をすれば何やら……みたいな言葉が脳裏をよぎった瞬間だろう）

（肩をすくめながら）

彼女が見てきたアデルとは違う雰囲気に驚いているようだ。