私が家に帰って、娘が居ないことを確認し、家を飛び出したのはすぐのことだった。
見慣れた森の中。地を木々を蹴って、必死に駆けまわる。
胸が締め付けられる思いだ。まさか、こんなことになるだなんて。
絶対に一人で外に行っちゃいけないなんてこと、娘にはずっと言い聞かせてきた筈なのに。

親の監督不行届きという奴だ。自分の情けなさに舌を打ちながら、走り続けること数十分。
気付けば、森の最深部。オークの縄張りの前にまで足を踏み入れていた。
オーク。人やエルフを喰らう、野蛮な一族だ。特に、ダークエルフを好んで食し、近場でも毎年多くの被害が出ている。
知能は無い訳ではないが、だからと言って上手い具合に話が通じる相手でもない。
ここまで、随分と探し回った。見逃した、なんてことは無い筈だ。
森の中で探し回っていないのは、もうここだけだ。考えたくもなかったが、森を抜けていないのなら、私の娘が居るのはこの先ということになる。
手元から魔石を取り出し、その輝き様を確認する。
虹色に揺らめくその光は大きく波を打ち始めていた。
娘の反応は、かなり近い。
「……最悪ね」
状況への忌々しさへの苛立ち、そして娘を失う恐怖に身を震わせながら、私は慎重に、しかし迅速に歩を進めた。


ふと、焚き火の音を耳にした私は小走りをやめ、そこで歩を止める。
大型の人影が、三つ。そして、大木の下には小さな人影が、転がっている。
紛れも無い私の、娘の姿だ。
「……っ！」
息が止まりそうになる程の緊張感。草むらの中で、じっくりと様子を伺う。
(——生きては、いるみたいね)
ほっと胸を撫で下ろしながら、もう少しばかり様子を伺うことにした。
オーク達は、どうやら夕食の準備をしているようだ。まだ娘に手を出していないのは幸いだった。
愛娘をメインディッシュにさせる訳にはいかない。何としてでも、急いで助けださなければ。
彼らの囲う焚き火の近くには、武器が転がっている。丸太と見紛う程の、巨大な棍棒だ。
何とか回り込んで娘を救出したい所だったが、どうやらこの先に身を隠せるような草むらや木々が無い。
回り込もうとすれば、どうやってもオーク達に気づかれることとなってしまう。
「……やるしかない、か」
小さく拳を握り、掌の内の魔石に魔力を込める。
ややあって全身に淡い青と赤の光が奔り、すぐに収まる。
簡単な『速力の魔術』と『頑強の魔術』だ。
この状態で飛び込めば、まず一匹はやれる。
そう確信した私は改めて拳に力を入れ、地を蹴る。
全身を風に打たれながら、草むらから飛び出して数歩。
既に、私の身体は片方のオークの背後、その間合いへと入っていた。
「はっ……！」
速度を緩めぬまま。
十二分に力を込めて。
蹴りを、放つ。
尋常ならぬ勢いをつけた脚から繰り出した回し蹴りは、オークの後頭部を強打。その身体を側方へと弾き飛ばす。
地面に激しく打ち付けられた巨躯は何度か痙攣した後、すぐに動かなくなった。
加減はしてある。死んではいない筈だが、少しの間動くことは出来ないだろう。
土煙をあげながら地を滑り、一度身体にかかった勢いを殺す。
速力の魔術は身体に負担がかかる。１０秒も使っていれば、いくら頑強の魔術を行使していたとて動けなくなってしまう。
数秒でいい。ほんの少しばかり、身体を落ち着ける必要があった。
「何だァ、てめぇは！？」
「生きのいいダークエルフか……丁度いい、あのちっこいのじゃ肉が足りねぇと思ってた所だぜェ。ダークエルフの肉は美味ぇからな、いくらだって歓迎だぜェ！」
地を揺らすような大声をあげながら、二匹のオークは私を見下ろす。
オークの腕力は大木をも砕く。ならば、私の首の骨を折るのにどれ程の力が必要なのだろう。そのオークが二匹。常人ならば、絶望的な状況だろう。
だが。
「……娘は返して貰う」
負ける訳にはいかない。負ける気などさらさら無い。強い意志を込めた口調で、私はオーク達に向けてそう言い放つ。

娘を取り戻す為の戦いが、始まろうとしていた。



つづく

>>リエル様、ヴェント様、ガル様

アムルはじっとエレネさんを見てから、視線を落とします。
なにを言うべきか悩んでいるように、しばらく考えてから口を開きます。

フードの上から自分の額の辺りに触れて、そう言います。

そう言って、ぺこりと頭を下げました。

はふぅ、と、ため息をつきます。
父親との食事の風景を思い描いているのかもしれません。

わたしの部屋まで来ていただければ、と、言ってから、首をかしげて。

自分はコーヒーは飲めないので、試したことはないですけれど、と、付け加えて。
自分の部屋か喫茶店、どっちにするか、首をかしげて答えを待ちます。

包まれた飴玉を手渡され、それが何かすぐに悟って。

そう言ってポケットから別の飴玉を取り出し、少女に差し出た。
落とした物とはまた違う、星空を纏ったような包み紙。

あとは必要な契約書類に目を通して、サインの後に初回の契約料を払えば無事に購入完了だ。晴れてタブレットはあなたのモノになるだろう。

どうやら、銃撃を防げたのは偶然ではないようだ。
シオンはそのまま困ったような顔を浮かべ続けている。

そう言ってお賽銭箱から取り出した黄色のお守りをぎゅっと握らせる