朝起きて、いつも通りの一日を過ごす。
それがどれだけ大切なことなのか、今の私は理解している。

最近、眠るのが怖い。
部屋の明かりを消して、いつも通り枕元にエルを置いておやすみと声を掛け合って目を閉じる。
その【いつも】が今夜で最後かもしれない。
目が覚めた時、もしもエルが消滅していたら。その恐怖は常に頭の中にこびりついていた。

元が同じ魂だからなのか、エルには私の不安が伝わるらしい。
だから毎日私が眠ってしまうまで昔の冒険のことや出会った人間の話をしていてくれる。
調子のいいエルの声は私の中の恐怖を薄れさせる。
今もそこに存在していると証明し続けてくれる。

その夜は、続き物として語っていたアルゥたちと共に出向いたとある島にある遺跡の話だった。
私も数回ほどその地に足を踏み入れたことがある。
結局、葉っぱを散らし切った冒険者側の勝利で幕が閉じたのだったか。

それを話し終えた時、エルがふと黙り込んだ。
少し不安になって顔を上げようとした瞬間、私のベッドにヒト型になったエルが上から飛び込んできた。
上から覆い被さるようにして落下してきたエルが笑顔で私にこう告げた。

【長く生きてりゃ、お前だって一緒に歩んでみたい相手が見つかるさ】

長く生きていれば。その言葉の意味するところは分かっている。
運用年数が大幅に過ぎたエルの身体はもう限界を超えているのだ。
ヒト型のバリエーションは既に失われて、今は黒い制服を着た女子学生の姿がメインになっている。

エルはもうすぐ私を置いていく。それはどうしよもなく決まっている事実だ。
今更何が出来るわけでもない。次の身体はもう存在しない。
私が最後の素体を受け取ったからだ。
頑丈に作られたこの身体は多少のことではびくともしない。
だが同時にとても無力でもある。死にゆく最愛の人を引き留めることすら出来ないのだから。

【ばーか、泣くなって。お前は俺の姉なんだろ？
　だったら精一杯生きてくれよ。先に消えちまう馬鹿な弟を不安にさせんな】

にやりと口角を上げたまま、エルの細い指先が唇にやさしく触れる。
……これはずるい。この笑顔を見ると何もいえなくなってしまう。



それはともかく、エルから私のベッドに入ってくるなんて珍しいこともあるものだ。
素早く掛け布団の端から両手を抜き出してエルの身体を掴み、身体をひねるようにしてと上下の位置を入れ替える。攻守逆転だ。
あぁ、全く求めてこないなーとは思ってたけどあれは受け身の姿勢という奴だったのでは。
そうか、そうだったのか。私としたことがうっかり牽制対決をしていたようだ。
よーし任せなさい、今まで焦らした分、お姉さんがたっぷりと——


え、違う？　シリアスブレイカーは俺の役割？
あぁん、もう、そんなのはどうでもいいの。ヒト型で私の射程に入った貴方が悪いのよ。
って、何かウネウネしながらベッドから抜け出した！？
ちょ、待ちなさい！　別に血のつながりがあるわけじゃないんだからいいでしょ！

……あぁもう、全然元気じゃないのあの子。運用年数も目安だし、案外長生きしてくれるのかもね。


そう、私は願っていた。割と全力でエルを追っかけながら。


了