向かい風が強い。
　荒れ地で遭遇した相手が悪かった、といえばそれはそうだろう。そもそも彼ら二人の戦い方は、アイヴォリーが避け、後方で守られたメイリーが魔術の火力で敵を落とす、というものだ。アイヴォリーは身が軽いが、それ故に一撃の威力に欠け、耐久力に劣る。いわゆる“戦士”ではなく、あくまでもそれは“盗賊”としての戦い方だ。メイリーにしてみてもフェアリーゆえの体格から耐久力は低い。彼女の場合はそもそもが魔術師として魔力を高める鍛錬に時間を割かれるため、相手の攻撃には弱いのだ。結果、彼らはアイヴォリーが相手を引きつけている間に出来るだけ素早くメイリーが殲滅するという、速攻が必要だった。
　そして、それ故に魔術に対して耐性を持つ相手には効果的な手段がないといってもいい。魔術に対する障壁を重ねたその銀色の円柱に対して彼女の攻撃は威力を発揮出来ず、威力を高めた捨て身の一撃にアイヴォリーは耐えられなかった。これが四人対四人ならばまた異なる手段もあったかも知れない。四人の攻撃を集中させれば相手が効果的な打撃を放つ前に落とし切ることも出来ただろうし、前衛が複数いればその分攻撃も散る。そうすれば結果的に後衛が攻撃にさらされるまでに時間は長くなり、その分魔法が有効な他の相手に攻撃することが出来る。推奨される人数、というものにはそれなりの理由があるのだ。様々な状況に対応するため、今回でいえば魔法が効かず一撃の重い相手に対抗するための選択肢は、人数が多いほど与えられるのだ。そういう意味では彼ら二人では手詰まりだった。

「ヤレヤレ、コイツはマイッたねェ。」

　大抵のことでは音を上げないアイヴォリーが珍しくそう呟いた。もっとも、彼の表情を見ていると今この段階でもそれほど参ったようには見えないのだが。だが、敵を倒さなければ素材が得られず、自分の強さを底上げするためのエンブリオの強化も出来ないとあっては、確かに芳しくない状況だった。戦いに勝っている内は素材と通貨を得、またエンブリオとの結びつきを強めることで、“召喚酔い”と彼が呼ぶ、世界を渡った際に失われた能力を取り戻す手順も順調に進むはずだ。だが、それはあくまでも勝っている内は、という話であって、戦いに負ければ素材や通貨を得ることも出来なければ、エンブリオとの結びつきを強めて力を取り戻すことさえままならない。この前のブランチマンのように、一定以上の戦力を持たない者を排斥してしまうような場所ならばいざ知らず、日常の遭遇戦で勝てないのは非常に問題だった。

「とりあえずは、武器をナンとかしねェとダメか。」

　アイヴォリーがこの世界にやってきたときに持ち込んだダガーは、世界渡りの再構築の過程で単なるお飾りに過ぎなくなっている。同じようにがらくたと化してしまった革鎧、そして機能はともかく魔術的な防御性能を失ってしまった姿隠しの外套には当座の補強を済ませた。無論、昨日の戦いから考慮すると十分だとはとても言えないのではあるが、それでもこの世界でまともに機能するものにはなっているはずだ。後は武器として持ち込んだダガーを使えるものにすればどうにか一揃い、装備が整うといって良いだろう。

「しッかしこんなナマクラで良く戦えるモンだぜ。」

　ブーツの外側に固定された鞘から自らの得物を抜いて、アイヴォリーは小さく溜め息をついた。その刃は一目で見て分かるほどに鈍っていて、とても武器と呼べるような代物ではない。そこらの露店で包丁を買ってきても大差ないような状態だった。これでも世界を渡って来る前は、命を預けるに足るそれなりの逸品だったのだが。そのときの状態を思い出して、遣り切れなくなったアイヴォリーはもう一度溜め息をついた。
　ひとしきり自らのダガーをこねくり回し、小さく肩を竦めるとアイヴォリーは自らの荷物を漁って何かを探し始めた。

「オイ、メイリー。確か最初にもらった素材がマダあったよな。アレでどうにかナンねェか。」

　傍らで、竹から削り出した手製のカップで紅茶を飲んでいたメイリーに尋ねる。思えばあのカップも、かつてアイヴォリーが自らのダガーを使って作ったものだった。今のそれではあんな簡単なものさえ納得のいくようには作れないだろう。
　驚くことに、今の作製は全てメイリーが担当しているのだった。アイヴォリーにしてみれば全く納得出来ないのだが仕方がない。ダガーも、革鎧も、もちろん彼女が使う魔術の発動媒体も、全て彼女が作っていた。アイヴォリーにいわせれば、刃を打つ鍛冶の技術と革を鞣すための技術は違って当然だし、それを鎧として組み上げるための技術も当然別物だ。だが、そういった技術を理解しているはずのアイヴォリーが手をかけたところで、彼女が作ったそれにはなぜか及ばなかった。アイヴォリーには信じがたいことだったのだが、少なくともこの世界ではそういうことらしい。メイリーが言うには、最後にエンブリオの力を借りて作ったものを“安定”させる必要がある、というのだが、その安定どころかエンブリオすらろくに理解していないアイヴォリーにはその工程が実現出来なかった。メイリーはその手順が、これまで彼女が作ってきた魔石を仕上げるそれと同じだったために比較的簡単に出来るらしい。結果、どんなものも彼女の手を介さなければ使い物にならないという、アイヴォリーにとっては多少面倒な状況になってしまっていた。アイヴォリーは素材を加工して自らの望む状態に仕上げ、それをメイリーに預ける。彼女は最終的な工程を受け持ち、それと同時に“安定”させる。とはいえ、これまでは武器なら武器で専門化された作り手に、必要な情報を与えれば自分の望んだものが得られた訳で、武器は元より革鎧の製造工程など知る由もないメイリーに、自分が望んだものを完成させてもらうのは中々に難易度の高い要望だった。それでなくても、彼が望む道具類は面倒な注文が多いというのに、だ。
　そう、アイヴォリーの注文は、その道の専門職の人間も持ち込まれると顔をしかめるほど面倒なものが多い。鞘の中に空洞を作り、そこから少しずつ一定量が染みだすように加工され、刃にそれを保持するための特殊な溝があるダガーだの、相手の攻撃を受け流すために多層構造になった装甲が可動する手甲だの、しかもそれが使うときのバランスを考えて重さや長さまでをきっちりと指定してくるのだから当然だろう。現に、複雑な構造を持つ手甲と盗賊用の高価な皮手袋を組み合わせた革の籠手、そして隠密用に足裏に特殊な革を貼り込まれた上に相手の攻撃を受け流すために角度を計算された革のブーツを含む、彼の革鎧一式は、騎士が式典用に誂える豪華な全身鎧を軽く凌駕する値段を請求されていた。もっとも、アイヴォリーはそれを補修しながら長い間使い回すため、何とか今まで破産せずにこうしていられたのだが。要するに、それだけ面倒で手間のかかる要求だ、ということだ。

「う〜ん、まぁやってみましょうか？」

　赤毛の女からもらった木材から削り出したダガーの柄を受け取ってメイリーが首を傾げる。刃は以前のダガーから取り外したものを研ぎ直して使うらしい。刃を柄に固定するための手順をアイヴォリーから説明されるものの、正直彼女にはちんぷんかんぷんだった。

「イイか、そのピンをソコに半分だけ挿しといてだな、ブレードをこっちからこう……。」

　アイヴォリーが手振りで手順を必死に説明する。専門家が見れば分かりやすい仕草なのかも知れなかったが、彼女から見れば一人で謎の踊りを踊っているようにも見えなくもない。

「こう、かしら？」

「違ッ、あッ、ソッチはダメッ？！
　折れちゃうッ！！」

　アイヴォリーの悲痛な説明と踊りは深夜まで繰り広げられたのだった。