どこまでも続いているかのような青は赤に染まり、やがて紺へと衣を替える。
じりじりと照り付けていた日差しがなくなっただけでも、だいぶ涼しくなってきた。
日差しを受けてキラキラと輝いていた海は、今は柔らかい月明かりを受けて、優しく揺らめいている。
昼には力強く感じられた波の音が、夜になった今ではまるで子守唄のように、ゆったりとした調べを奏でている。
屋台が立ち並ぶ賑やかな場所から離れ、ハディートは岩場へとやってきていた。
比較的平らになっている岩に座り、海に足を投げ出す。
穏やかに打ち寄せる波が足を撫でていった。
シャク、と少なくなったかき氷を一口、ストローで出来た匙で口に運ぶ。
甘さの中にほんのりと感じる苦みに、少しだけ大人になれたような気がした。
昼は海で泳ぎ、森にも向かった。
川でも泳ぎ、途中以前見かけた事がある魔物などにも遭遇したが、運がいい事にこちらを襲ってくる事はなかった。
もちろん冒険する事も忘れない。むせ返るような緑の香りに包まれながら、辺りを探索した。
ハディート曰く、牛さんのじゃないミルクが出る木の実を探すついでに、ぽっかりと穴が開いた大樹と出会ったり、
これまた好奇心くすぐる洞窟を発見したりなど、手紙に書く話題には事欠かないだろう。
どこまで続いているか分からないため、洞窟探検は入口から少し進んだところで、残念ながら切り上げてしまったが。
海に戻ってからは屋台の手伝いをした。
周囲に漂う食欲を刺激する香りに、つまみ食いをしたい衝動を抑えつつ、
料理が出来ない代わりに呼び込みをしたり、料理を運んだり、パラソルを設置したりと一生懸命手伝いをした。
そうでもしなければ、大勢が見守る中、腹の虫が盛大に合唱していた事だろう。
相当我慢していた分、手伝いを交代した途端、食べたいと思っていた料理を全て注文する事になったが。
この時ばかりは身体に見合った胃袋に感謝したものだ。
空腹を満たした後、昼に見かけてから気になっていた金魚すくいを体験した。
すくえた魚は人間に似た手足を持っていたため、クイト共々一瞬言葉を失ってしまったが、
2匹もすくえたので初めてにしては筋がよかったのかもしれない。
結局魚達は逃がしてやる事にした。
そして、楽しみに取っていたかき氷を頼み、岩場へとやってきたのだった。
かき氷はコーヒー味。ハディートが世話になっているタンポポ荘の名物、たんぽぽコーヒーをシロップに使ったもの。
ハディートは苦いものは苦手だ。名物なので気になってはいたものの、残してはいけないと、
それなら最初から頼まない方がいいと判断し、今まで頼んだ事がなかった。
それが甘いシロップになったと聞いて、頼まないはずがない。迷わずそれを注文した。
かき氷も初めて食べたが、これもとても美味しい。その美味しさにぱくぱくと口に運んでいたら、
急に頭がキーンと痛み、クイトに心配されながら悶えたのもいい思い出だ。
そう。全てはいい思い出なのだ。



「楽しかったなぁ……」



その呟きは波の音に消えていった。
楽しかった一日もそろそろ終わる。明日からはまた戦いが待っている。
このまま時が止まればいいのに、とは思わなかった。時が止まってしまえば家に帰る事は出来ない。
ただ寂しいと思う気持ちは誤魔化せそうになかった。

「……クイト」

「どうした？」

「楽しかったね」

「ああ」

「とーっても！」

「……そうだな」

寂しそうだった横顔は消え、明るい笑顔がそこにはあった。
穏やかな波の音を切り裂いて、高い音が耳に飛び込んでくる。
すぐさま音がした方向に顔を向ければ、一筋の光が夜空を駆け上っていた。
低い破裂音と共に光が弾け飛ぶ。夜空に大輪の花が咲き誇った。

「きれい……」

赤。青。緑。
二色に分かれたもの。滝のように流れ落ちるもの。消えたかと思えばキラキラと輝くもの。
ハディートが住んでいる世界にも花火は存在する。だが、ここまで色鮮やかなものではなかった。
目が釘付けになった。一瞬たりとも見逃したくなくて、瞬きするのも惜しい。
花火を映すその瞳は、花火に負けず劣らずキラキラと輝いている。
ハディートは花火が打ち終わるまで、その場から動かなかった。動けなかったと言える。
最後の花火が打ち終わり、辺りに静けさが戻ってくる。
あれだけ鮮烈に夜空を彩っていたというのに、終わってしまえば一瞬の出来事のように感じられた。
余韻に浸るように夜空を見上げていたが、花火が終われば祭りもそろそろお開きだろう。
正確には片付けが終わるまでは終われないが。
戻ろう。そう思って何気に視線を動かせば、完全に液体になってしまったかき氷にようやく気付く。
かき氷として食べてあげられなかった事に少し罪悪感を覚えつつ、一気に飲み込んだ。

「行こう。片付けに行かなきゃ」

「ああ。そうだな」

「明日からがんばらないとね」

「それもそうだが、休息を取る事も大事だぞ」

「うん。分かってるって」

空になったカップを手に持ち、歩き出すハディート。
クイトも後に続くが、ふと後ろを振り返る。先程まで横に居たパアルがついてきていない。
パアルはちゃんとそこに居た。花火を見ていた時と同じ位置に。
じっと海を見ているように思えた。

「どうしたの？」

「パアルがついてこなくてな」

「パアル？どうしたの？」

ハディートも足を止め、パアルに呼び掛ける。
だが、パアルは動こうとしない。

「パアル……？」

恐る恐るもう一度呼び掛ける。
少し間を置いてから、パアルはゆっくりと身体を動かした。
呼び掛けに反応してくれた事に、何故か酷く安心する。
付き合いはまだ短く、それでいてふらりとどこかに行ってしまう事があると分かっているのに、
この時ばかりは無反応がとても恐ろしく感じられた。
パアルが近付いてくるのをしっかりと確認してから、ハディートとクイトは岩場を離れていく。
ふとパアルは動きを止め、海の方へ身体の正面を向ける。
海面から何かが顔を出していた。
パアルと何かは確かにお互いを認識していた。
だが、パアルは何事もなかったかのようにくるりと身体を動かし、ハディート達の後を追いかけていく。
何かもまたパアルに倣うかのように、何事もなかったかのように海の中へと消えていった。

何とか、彼？の落ち込みを…
自身の責任であるソレを、和らげようと少しばかり冗談めかして。
…自虐的とも取れる冗談が、逆効果に作用しない事を祈りつつ。

ぎこちない状況下ながら、素直にそれを伝えて貰えた事が
本当に嬉しかったらしく、嬉しさオーラが明らかに漏れ出している。
お詫びというのは名目で、純粋に喜んでもらいたい… そう思っている。