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「きゃぁあああああ！ いやぁあああああん!!」


絹を切り裂くような女……ではなく、実は男の悲鳴が辺りに轟いた。
そのあまりの大音量に、それまで木の上で囀っていた小鳥が一目散に離れていく。

その声の発生源は、ディアだ。
くねくねと身をよじりながらハートを撒き散らし、誰が見ても異様なテンションであった。

「もうアタシってば天っっ才!! グッジョブアタシ!!」

自画自賛を繰り返すディアの視線の先には、ブルートとその妻が立っている。
その身を包む服は、おろし立ての新品だ。
ブルートは装飾の少ない上品なロングベストにオフホワイトのブラウス。
彼の妻は控えめにフリルやレースのあしらわれたワンピース。

その服達を用意したのは、他でもないディアだ。

「……うん、動きやすいよ。それに、彼女も派手過ぎないし凄く似合っていて素敵だ」
「あら、貴方ったら。貴方もとってもすてきよ？」
「君の方が素敵だし綺麗だよ」
「まあ」

新しい“よそゆき服”が余程お気に召したのか、夫妻は２人だけの世界で幸せモード全開である。
そんな夫妻を横目に、クリスが大仰な仕草でディアの方へと振り返った。

「さてディアくん。僕の新衣装はどこかな？」
「だからさっき無いっつっただろうが!!」
「な、なんだって!!」

よよよ……とわざとらしくくずおれて妙な落ち込みポーズをするクリスは、なぜだろうか。
あるはずもないスポットライトが見えるくらい迫真である。

「では僕はまだこの服を着ていなくてはいけないのか！」
「あーそうねぇ〜」
「まだ頭部だって新しいものは用意できないというのに！」
「残念ねぇ〜……あ、ヤダ枝毛」

ディアは、わざと聞き流した。
夫妻の服が収納されていたトランクを閉じて再びその上に腰掛けると、優雅に足を組んでみせる。
それから長い髪に視線を固定し、毛先を弄ぶ。
完全に「待ち」状態だ。

しかし、それでもクリスは大げさな言動を止めようとはしない。

「嗚呼、僕はついにこの美貌で神さえも敵に回してしまったのだろうか！」
「何と……何と罪な男なのだろう!!」
「しかしこの美しさの前では、きっと神の後光ですらも霞んでしまうに違いない！」
「神をも凌ぐとは、もはやこの世に僕の美しさと競える存在は無いに等しい！」
「だがこの服から着替えられなければ僕の美しさが完璧では無くなってしまう！」
「それは一大事だ！ 一刻も早くおニューの美しい衣装に着替えなくては!!」
「ディアくん！ キミもそう思わないかい!?」

怒涛の一人芝居……もとい一人陶酔を繰り広げていたクリスが、
唐突にディアの方へ手のひらをかざして見せた。
話を振られたディアは驚く事も無く、毛先のチェックを続けている。

「そォねぇ〜……アナタ程の美しさなら何を着ていてもカンペキなんじゃないかしら」
「そうかな!! やはりキミもそう思うかい!? 東洋には弘法は筆を選ばないという言葉もあるくらいだしね！」
「納得したなら良かったわねぇー」

弘法にも筆の誤りって言葉もあるけど……という事は口には出さず、
ディアはバサリと髪を翻した。
それからしまわれていた赤黒い羽を広げてみせる。

「はーいそこのラブラブ夫婦、そろそろ２人の世界から帰ってきなさーい」
「……ん？ ……ああ、出発か」
「ふふ、楽しみね」
「それじゃあ出発しまーすっ！」

どこから取り出したらしい“ディアちゃんツアー”と書かれた小さな旗を振りながら、
ディアを先頭に３人は水辺をのんびりと歩き始めた。

……“３人”は。


「…………あれ？ ……ちょ、ちょっと待ってくれたまえキミ達！ ……あ、ちょ、ひ、一人にしないでくれぇー!!」

クリスの悲痛な叫び声が、川辺にむなしく響き渡った。






　
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　——しっぽが揺れている。

帽子の耳が何かを探るように動いている・・・・・・