昔々ある所に、臆病なりゅうがおりました。

　でも本当は、りゅうは、“こわい”なんて思わないはずなのです。
　だって、本当は、りゅうに“こころ”なんてないから。
　ない、はずなのに。
　何故か持っているりゅうが一頭、おりました。

　りゅうは、この世界において、人間を見つめ続けるモノ。
　だというのに、こころを持ってしまったりゅうは、見つめ続けてきて、そして、思いました。

　にんげんは、こわい。

　人間は、凶暴ないきものです。
　天が何故創りたもうたのか、りゅうはわかりません。
　天の使いであるはずの自分にすら、人間は『めずらしいいきもの』として、自分の利益のままに、欲望のままに、または自分勝手な迷信を作り上げて。
　その度にりゅうはそのいのちを奪われたり、皮を剥がれたり、尻尾を切られたり、散々な目に合いました。
　りゅうは、そんな動向も『見』なければならなかったから、そんな事をされても存在は消えません。
　ただ、「こわいな」と思うには充分でした。
　だからある日、りゅうは森の中へと逃げ込んでしまったのです。

　りゅうは、「おやくめ」を少しだけお休みする事にしました。

　そこはとても深い森で、獣の声、鳥の羽ばたき、木々の揺らめき——
　人間は誰も居ないから、とても安心できました。
　
　丸くなって、何日でも眠れそうな安心感。
　りゅうに、時間の感覚は無いから、それは随分と——何年もそうしていたのかもしれません。

「あっ」

　その時です。
　りゅうが久しぶりに「こえ」を聞いたのは。
　そんな風に「こえ」を出すいきものは——
「人間！！」
　しか、いません。
　りゅうは飛び起きて、一番大きな木の影に隠れてしまいました。
　寝てばっかりいたせいでしょうか、それともやっぱり人間を見なければいけないと、本能に刻まれていたからでしょうか、りゅうは逃げ切らずにそろそろと様子を伺いました。
　見ればそれは、とっても驚いた顔の、人間の子供。

　子供は大人ほど、欲に塗れてないけれど、そのぶん、無邪気に残酷です。
　また、耳や尻尾を引っ張られては溜まりません。
　りゅうはこっそり逃げようと翼を広げました。けれど、子供は言いました。
「待って！」
「………やだよ」
　その言葉を、りゅうは律儀に否定しました。
　しまった、と思って口を塞ぎましたが、こえはもう届いていたようです。
　子供の顔が——
「わあ、わあ。すごい！」
「………」
　きらきらと輝いていきます。
　けれど、それが何を意味するのか、りゅうにはわかりません。
　訝しげにそっと様子を伺うと、人間の子供はとても嬉しそうにしていました。
　何かを言いたそうにしていたし、多分、何かを言ったのだろうけれど、りゅうは、怖くなって思わず逃げ出してしまいました。

　人間なんて怖い。
　笑って酷い事をする。
　天が創りたもうた中で、一番、きっと、嫌い。

　けれど、りゅうもそう我侭を言っていられません。
　また何年も森の奥に隠れてしまったりゅうに、そろそろ『お叱り』がくだりました。
（「なんで自分は『こころ』をもたされたんだろう」）
（「なんで自分が『おやくめ』をになわされてるんだろう」）
（「なんで自分は『こんな』姿なんだろう」）
　とぼとぼと、りゅうはもう一度道を戻っていきました。
　どのくらい隠れていたか、その年月を知らないまま。
　だから、
「あっ…！」
　また、人間の子供が聞こえた時、りゅうは今度は逃げませんでした。
　「おやくめ」があるから、本当は、逃げてはいけないのです。
　どうされても、それがその時代の人間の姿なのだから。受け入れなければなりません。
「………何。また、会った、…ね？」
「また？」
　りゅうがのろのろと答えると、人間の子供はとても不思議そうな顔をして言います。
　そういえば、よくみれば、その顔は前に見たそれとどこか似ていて、どこか違っていました。
　りゅうは首を傾げます。
「君に会ったのは僕のお爺ちゃんだよ。お爺ちゃんは言ってたよ、この森には白い龍様が住んでるって。本当だったんだね？　龍の神様……だよね？」
「……お爺ちゃん？　神様？」
　りゅうは益々わからない顔になりました。
　その子供は、嘘を言っているようにも、面白がっているようにもみえません。
　むしろ——どこか、泣きそうな顔を、していました。





———39回に続く。

納得したようにこちらも頷いた。

頭に疑問符を浮かべ不思議そうにして、首を傾けた。

尻尾を掴み損ね、思わず声を漏らした。

しゃがんだ体勢からすっと立ち上がり、しっかりと相手に向き直る。