『一億ページの辞書』に、なおも思考が刻まれ続ける。


一揆参戦17日目。

アニマと違い、解約を言い渡された訳ではないが、好機と判断した。
地下牢内部は薄暗く、影を渡れば隅々まで一瞬で移動することは容易い。

通路や檻に身を擬態させ、行く手を誘導し、袋小路に誘い込んでから、キラーインコに覆いかぶさった。
生命力だけで構成されているアニマとは違い、肉体は残ったが、エンブリオとしての機能が停止したようだ。
吸収の際、副次的なものだが、発声器官の有無に関わらず、言葉を発することが可能となった。

宿主が生命力を注ぎ蘇生を試みたようだったが、呪いにより意味が反転し、キラーインコは死滅した。

この件で再確認したが、この宿主はエンブリオに対する思い入れが強いらしい。
念の為、離れた場所で事に及んだが、以降はより慎重に行う必要がある。



一揆参戦18日目。

ラズロと名乗った男の入れ知恵らしいが、肉体がそのままでは近いうちに朽ちて消滅するであろう。

キョンシーと化したキラーインコは記憶を継承している気配はない。
私の姿を見ても警戒しないことが根拠の一つである。
思うに、不死化に際し、生前に仲間であったという情報を刷り込まれたに過ぎず、
人形遊びめいた稚拙で無意味な術式なのであろう。



一揆参戦19日目。

生命力の流れを走査する術式が宿主にかけられたが、
宿主の呪いが術式を弾き、死の呪いをラズロへ跳ね返した。

死を操る術に長けた男であるためか、こたえた様子は見られなかったが、
その現象から、宿主が生命力と対をなす死の力で活動する生命体であると誤解をしていたように思う。

宿主を動かす力など、はじめから存在しないというのに。
あれは生でも死でもない、停止と永遠である。

生や死に拘る生命体としての限界であろう。
あの男がその次元に辿り着くことは無いと判断する。



一揆参戦24日目。

宿主と濃い関係を築いたダイアーウルフ、キラーウルフとは違い、
群れの概念を持たぬクアールの性質が解約の遠因であろう。

個体としては先の二者よりも優れているが、ネクターの恩恵を捨て、
未契約状態となったエンブリオを食らうのは容易い。

周囲が昏くなった頃を狙い、不意打ちを行った。

抵抗らしい抵抗もなく、クアールは私に呑まれた。
なまじ頭が回るため、己の最期を悟ったのであろう。
闇が支配する夜の世界では、抵抗など無意味であることを。

ここで、ラズロが再び宿主へ介入を行った。
私がクアールを襲撃したことを報告したのだ。

宿主がタンポポ荘から降りてくる前に、影の中を飛び先回りした。

単純な擬態であった。
鼻が効くエンブリオが同行していなかったのは僥倖であろう。
そして何より、このクアールの体色に感謝した。
闇に紛れ、離脱するのにこれほど適した身体は無い。
しかし、術式の媒介であるあのキョンシーの札は、近いうちに処分せねばなるまい。



一揆参戦26日目。

この死の力を利用しない手はない。
宿主に作用させれば、呪いが反発し、強烈な生の力を生み出すであろう。
それを喰らい尽くせば、元の力を復元するに足る量が得られるであろう。

社長はそこでチビリと一杯飲んだ。
その顔から何かを考えていることを読み取るのは難しくはない。

社長はこのメルンテーゼの一揆が終わったら、どんな形であれエンブリオの能力を失うことは確定している。
そのことは敢えて言わなかった。