目先の泥水を啜るものは後に後悔する。

　点々と落ちていたたくあんの先にお菓子の家なんてなかった。
　但し怖い怖い魔女と忍者が居た。

　べルフィ殿は、かつて川辺のイカ狩りについてきて特に何もせず帰ったお嬢さんのはずだが。
　まるで別人のような魔力を垣間見た。お祖父様みたいだ。
　力を取り戻すなどと言っていた記憶はあるので、なるほど本当に自称するだけの技量があったということらしい。

　うっかりとはいえここに来て得るものがない以上は、徹底的に抗う他なかったのだ。
　以前の私とは違う。けど、やはり強い者はこの世界にうじゃうじゃいる。
　まだまだ鍛錬のしがいがありそうだ。今の私は師の足元にすら及ばない。

　テオ殿のいつかの話を思い出して、ないものねだりも良くはない、と少々思い直した。
　小柄は小柄なりの戦い方があるもので、足元をすくうぐらいのことは出来るだろう。
　小さき力も、小さきなりに活かせば良い。

　しかし裏庭の向こうにちゃっかり王の寝室があったりしないものか。
　何もなさそうだ、という話を耳にはした。

鼻をズルズルさせている。

　苦笑して、お互い確認不足だったねえと肩を竦めるナスル。
　

言葉を濁すナスルに、微かに首を傾げたが、
少々考える間が空いた後、同意見だ、といった風に、静かに頷いた。

頬を引っ張るナスルに驚き、目を見張る。

ブルーノは眉を顰め、羽織っていた外套の裾から先を覗かせている、
感情の起伏に合わせて勝手に動く自らの蜥蜴の尾に目を向ける。
……それから、恥じらいを誤魔化すようにナスルから視線を外しつつ、
尻尾をちょろちょろと動かしてみせた。

ブルーノは羞恥心を振り切るように、視線を尻尾の方に向け、
外套の中に隠れていた部分もナスルの方にズルリと伸ばす。
青白くツルツルとした柔らかそうな皮膚に、硬質の鱗が鈍く光る。
それから、ナスルの目の前で、尻尾の先をゆっくりと左右に振るのだった。

不器用ながら、『触っていいよ』と言いたいようだった。

そこまで言うと、ハッと、何かに気づいた様子で目を見開き、
ブルーノの顔面が徐々に青ざめていくのがわかるかもしれない。

ブルーノは、またやっちまった〜〜〜と小声でつぶやき、
頭を抱えるのだった。

いつもの仲間達とともに今日の予定を確認した少女は、最後にナスルを見送るため、
彼に伴って道を歩いていた。

出会った頃にくらべて大分、互いの距離は縮まっている、そう少女は感じていた。
一時はおかしな雰囲気になってしまったこともあったが、
いつのまにか少女の水霊がそれを解決してしまっていたようで何事もなく今に至る。

いつもと変らぬ軽快な口調で少女と話す、炎の占星術師。
以前と比べ、その身はしなやかさを得ており、少女の眼にも変異が視てとれていた。

それはともく、未だに判然としない「ナニカ」だったが、ナスル自身に問う事はしない。
そこがお互いに踏み込んではいけない場所、そう少女は無意識に気づいていたからだった。

街の外へとたどり着いた二人は、そこで結局いつものように互いの無事を祈って別れたのだった。
ただ、少女は少しばかり歩いたところで、一度振り返る。
理由は、別れる間際に見えた「赤黒い火」。

なにもわからない、それゆえにざわつく胸。
しかし今はどうすることもできず、ただ歩みを進めて少女はその場をあとにした。

〜〜〜

その日の探索を終えた少女が、疲れた身をひきずって街へと戻ろうとしていたときだった。
普段はそこまで遅くもならない探索だが、行き先が天蓋とあっては話が違う。
今、もっとも一揆勢たちによって奥深いとされる場所だけあって、
行って戻るにも多くの時間を使う事となってしまった。

疲れた身を押してまで急ぎ足で、街への帰路を進んでいると少女の耳に聞こえる音。

聞こえた瞬間、一瞬にして少女は身を強ばらせ、すぐさまきこえた方向へと振り向く。
次に見えた、いや、「視得た」のはなんだったのか。

わかったのは、意識を取りもどしたとき、少女は全身から粘つくような汗を、
大量にかいていたことだった。
意識せず呼吸も荒くなっており、まるでナニカと対峙したかのような恐怖感が胸にある。

しかし、荒い呼吸で乱れる胸の内すら無視して、少女は自分の視界にあったものを凝視。
そこにいたのは、血まみれとなり、所々の衣服を焦がした占星術師の姿だった。

ささやくような、それでいて血のこもった声が、落ちる。
彼が地面をはっていたのは、街道から大きく外れた獣道、
まず人が通らないような場所を敢えて進んで来たことから、察せられることがある。

あまりの出来事に倒れてしまいそうだった少女、しかしこれまでの経験がそれを許さない。
苦しく荒れるその胸を抑えて、ナスルのもとへと駆け寄り、癒しのエンブリオより力を借りるが、
それでもナスルはすぐに目覚めはしない。

ナスルの背はリラよりも数段高く、当然体重もある。
少女の腕力では到底はこべるはずもなかった、だがそこへ現れる影。

ついさきほどまでは感じなかったもの、それは白いネクター。
そう、エンブリオの姿だった。

敵意はないものの、こちらを警戒している一角獣。
だが、なにかに気づいたらしくすぐ警戒を解いて近づいてくる。

だが、なにも答えることはなく一角獣は、倒れていたナスルをかつぎあげ、
そのまま彼が寝泊まりしているであろう宿への道を歩み始めたのだった。

リラへと振り返ることもなく歩み去ろうとする一角獣を追いかけて立ち上がる少女。
そしてかつがれているナスルのもとへと足早に走りより、
彼の手を握った瞬間　リラの　意識は　闇に　落ちた

　口に放り込んでせわしなく咀嚼をしながら、
　さてどう挑んだものかとナスルは思案の面持ちでいる。
　

　ナスルがしゃらりと翳した金の腕輪が、
　裏庭に注ぐ光を受けて凛と輝いた。
　

　不意に現れた一角獣が蹄の音も軽やかに鋭く嘶き、角に炎を宿す。