■The shout not arriving...


日頃から早朝は鍛錬時間に充てる習慣があったが、ここ暫くは鍛錬に付き合って貰っているリマを起こす前に、さらに１人での鍛錬時間を増やすようにしていた。


冬場は日が昇るのがこのメルンテーゼでも遅い。
まだ薄暗く、夜明け前の冷たい空気を斬るようにして、数え切れない程繰り返した型をなぞりつつ剣を振るう。


あの日の水辺での失態を取り戻そうとした、先日の一戦。
思い出すだけで、情けなさと悔しさで、何ともいえない感情が湧き上がる。


「くそ……っっ！！！」


無心になりきれずに、長剣を振るう腕が止まる。
さすがにそのまま利き手に握った精霊剣の方でどうこうしない程度の理性は残っていたのか。
全力で振るわれた左手の拳が直近の樹木を直撃すると、幹が鈍い音を立てへし折れて曲がる。


「……どうして、だ。こんな醜態晒す為に、リマに鍛錬付き合って貰ってんじゃないだろ……！」


今度は戦術の失策ではない。
当てて当然の攻撃を、そうそう外さないはずのそれを、２度も回避された。

唖然としている間もなく、その結果またも綱渡りのような接戦を繰り広げる羽目になり。
最後は——本当に、リマに残りを託す形になる所まで追い詰められたのだ。

リマやナユをアテにしていない訳では決してはない。
そうでなければ自分が前衛を譲るなんて作戦自体を、そもそも立てたりしない。

故郷の同族との数少ない共闘の折でも、誰かに前衛を託すなんて事はなくて、だからこそ新鮮だった。
信頼出来る相手の背中を守りながら戦うという事が。


が、双方が万全なら、やはりあんな危うい戦闘になるはずが無かった。
結果として勝てばいい、そんな風になんて割り切れない。

戦闘中のナユの様子がおかしい——そもそも、最初にリマが頼ってきてくれた切欠はそれだったはずだ。
その様子を見る余裕がないような、自分だけでも精一杯という事態。

集中力に欠ける、そんな言葉では済まない。
決して鍛錬を怠っているわけでは、ないはずなのに。


そして——そこで責任を感じて自分が落ち込めば、気にするのは彼らだ。
特に自分に懐いてくれるナユは、色々と敏いのだろう、何かと自分の様子を気にかけて、可能な限り傍に居てくれる。


そんな彼らに応えてやれない事が、きっと悔しいのだ。
私は、彼らの力になれているのか？　と。

誰かにそんな風に頼られるなんて経験がそうそうなくて新鮮だったからこそ、きっとなお悔しさが募る。


「なんで駄目なんだ？　力を取り戻すために……鍛錬を重ねた上で、実戦でも戦ってるんじゃないのか？　何が足りない？　誰かを頼ろうとしちゃ駄目なのか？　私は……今まで通り、１人で居るべきなんだと、これはそういう事なのか……！？」


そのまま座り込みたくなる衝動を堪えて、傍らの別の樹木に凭れ掛かるようにして額を打ちつける。


「……お前なら、こういう時どうする？　どう言う？　どう行動する？　私の性格、多分アークの次に知ってるはずのお前なら、なんて言ってくれる？　情けないって笑うかい……？」


“……もう１度会って声を聞きたいよ……今、お前はどうしてるんだ　リーディ……”


声なき叫びをぶつけるようにしている己のマスターの、慟哭……悲痛な感情に晒されながら。
その手に下げられたままの長剣に宿っているアークは、ただ、様子を見守るしかなかった——。


+++++　+++++


——人並みより優れた聴力を持つ己のマスターに聞こえない場所。
かつ念には念のを入れて、自己鍛錬ではなくリマという名の青年との鍛錬を兼ねた模擬戦中。

その折は、精霊剣の特殊能力はマスターは基本使わない。
よって、その時間は一定距離であれば離れていても問題なく。


ナユは食材を探しにでも行ったのか、幸い今は近くに居ない様子。
これは絶好の機会、と、アークはその日の野営地の後片付けをしているレシュに声をかけた。


「……クレシュミエントよ」

「何でしょうか、アーク殿」

「先のな、そなたの指摘は間違いではなかろうと我も思う。そして、我にはマスターが何に気を奪われているか心当たりがあるのだが」

その言葉に、レシュの大きな左右色違いの瞳が瞬いて。
相変わらず表情の薄いながらにも、以前よりはまだ読みやすくなったそれに、困惑が滲む。


「心当たりがおありでしたら、その懸念事項を取り除く事は優先事項ではないかと判断出来るのですが。水辺に続いての戦闘も危うかったですし、このような事が続けば、本当に致命的な事になりかね……」


続いたレシュの言葉を、アークは遮るようにして言葉を重ねた。


「心当たりがあってもな。我ではその解を示せぬから、口にせなんだ。が、我もこのままでは危険だと思うのでな。少々無理を承知でそなたに頼む事にした。恐らく古老殿や長殿から口止めされているのだろうが、以前マスターに伝えた最低限よりもう１歩、そなたの知る“烈風”に関する情報を、伝えてやって欲しい」

「……それは……」

「かの存在の“事故”を知らされた折より過ぎた年月を考えればな。ここ最近、時折“右手の甲”辺りを見てぼんやりしておれば、我には分かる。何らかの切欠でもあったのやもしれぬが、焦燥感からくるものであろうよ。“時間切れ”の可能性を、思い出して、な。恐らくその事への不安が、現状を招いている一因であろうよ。かの者は、マスターの唯一の……同族で心許せる相手だろうからな」

「……」

「最終的な判断はそなたに任せるが、まだこの地での目的を達していない以上、クレシュミエントの言う“懸念事項”とやらを取り除ける可能性はそなたの持つ情報が鍵ではないかと思ってな。よって何かあっても後で上に咎められぬよう、我からも口添えは約束する。我がそなたに頼んだのだと、な」


暫くの沈黙の後、レシュはアークのアイスブルーの瞳を真っ直ぐ見つめながら、こう答えた。


「少し、思案する為の時間を下さい。結果、最良と思われる行動を取りたく思います」


その答えに、アークの口元に微かな微笑みが浮かぶ。


「うむ、それに異論はない。以前のそなたであれば恐らく、そのような答えはかえってこなかったであろうな。古老殿や長殿の言いつけを、多少なりとも破るような答えを出すという“可能性”すら考えなかったであろう。クレシュミエント、そなたにとってもやはりこの旅と経験は“成長”に繋がるもののようであると我は思うぞ。では、答えが出れば後は任せる」


そうレシュに告げると、アークは己のマスターの様子見へと戻っていって。
その姿を見送って、片付け途中だった簡易毛布類を抱えたまま。

レシュは暫く立ち尽くし、ひたすらに思考を重ねていた——。


+++++　+++++


■番外編/Merry Christmas...？


何が起こったのか実は未だ良く分かっていないながら、気付いたら其処に居た、的に臨時合宿の面子が増えていたりする現状。
元々の仲間同士ならリマやナユとの方がうまくやれるだろうと、同行者として増えた少女も含めた３人には、今夜の野営地の用意を頼んできた。


その間に、次の攻城戦地点へ向かうまでの中継地点で、必要な食料等を買出しにきていたシェリィは、ナユから預かった買い物メモを見つめつつ、同行していたレシュやアークに声をかける。


「何だか何時もとさぁ、この辺り様子が違う気がしないかい？　ちょいちょいキラキラした飾りつけがしてあったりやら、なんかこう……何処となく活気があるっていうか」

「ふむ、言われてみれば確かにな。戦争状態に近く普段あまり飾り気がないが故に目につく」

「私の収集したデータによれば、もうすぐ“くりすます”なる、聖なる夜を祝う行事があるのだそうです。一種の祭事のようなもので、そのような折は人々が着飾ったり、日頃と違う姿や、祭事にちなんだ料理が振舞われるとキツネ殿から伺ったものの１つでしょうか」


相変わらず淡々とした口調で語るレシュ。


「キツネ殿って誰だい？　動物の狐じゃないよなぁ。それとも名前がキツネって名前のヤツなのか……」

「現時点ではシェリィ殿に特にご報告申し上げる事は無いと判断します。が、来年については少々許可を頂きたい案件がありますので、それはまた後日にでも」

「はいはい。ま、人様に迷惑かけてなけりゃ文句は言わないよ。なんか後日の用事とやらも了解した。話は聞く。で、今のこの様子はその行事の影響なのか」

「我らの故郷にはそのような祭事の類が無いからな。これだけ長期間ひとつ世界に滞在する事もそうそうない故に忘れかけていたが、確かに我も以前、今のマスターではない存在と訪問した世界で、類似行事を見たような記憶はあるな」

「ふぅん？　で、祝うって具体的にどーゆー事するのかレシュの毎度の“データ”とやらにはあるのかい？」

「そうですね、まずは……」


+++++　+++++


「で、何をどうしたらこういう自然破壊と食材の無駄遣いが出来るんですかー！！！」


凄い剣幕で悲鳴に近い声、真っ赤な顔で怒っているのはナユで。
それを前に、バツの悪そうな顔をしているのはシェリィと、黒づくめの衣装に黒髪の小柄なシラズという名らしい少女の２人組。


「……いや、その。なんか“クリスマス”って行事にゃつきものらしい、鳥料理の一種を買ってきてみたんだが。料理は火力が大事だってレシュがいうからさ、ちょっと……」

「そこでどうして普通に火をおこすっていう発想が無いんですか！！　シェリィさんのレックレスチャージで料理が出来るはずがないでしょう！？　そこになんでシラズちゃんのフレイムボムまで！？　周囲が火事にならなかったのが奇跡ですよ、奇跡！！！」

「……すまない」

「……」

「食糧難なんですよ、貴重な食材を無駄にしたら勿体無いお化け出ますからね！！！　今後料理にパラライズもレッドショックもレックレスチャージもフレイムボムのイニシネレイトも全部禁止です、禁止！！」


何時も使い魔らしき鳥を介して会話をする少女の方は黙ったままだが、多分反省しているのだろう、多分。


——そう、シェリィが一応折角同行者が居るのだからと行事を知った以上はと気を利かして食材を買ってきて見たりして。
以前の焼き林檎同様に、レックレスチャージで七面鳥を焼こうとしていた折、何やら自分もやる、とばかりに火魔法を扱える少女もやってきたりで。
ちょっと調子に乗って加減せずに撃ち込んでみたら、残ったのは真っ黒な消し炭のような物体と、勢い余って周囲まで焼け焦げてしまい。


どうしたものか、と証拠隠滅すら出来る時間もなく。
薪やらを探しに行っていたナユが戻ってきた折にしっかり見つかってしまい、結果そろい揃ってお説教を受ける羽目になっていた。


「２度とこういう事をしないように、シェリィさんには僕がリマさんと別の目的地へ向かうまでの間に、簡単なものでも何でもちゃんと料理をマスターして貰いますからね！！」

「え。いや、そういうのは私は不得手っていうか、普段１人なら料理なんてわざわざする必要ないだろ。身体維持するだけの栄養価取ってれば問題な……」

「そういう問題じゃありません！！！　逃がしませんからね……」

「うっ……」


さすがに食材を消し炭にした反省分からか、ナユの剣幕にシェリィが押されている光景を少し離れたところから見守る２人。


樹木に背を預けつつ葉巻をくゆらせていたリマに向かって、その傍で淡い光を放ちつつ浮遊していたアークが呆れたようなため息交じりの言葉を零す。


「全く、柄にもない事をしようとするからこういう事になるのだ。で、そなたはあの騒動に混ざらぬのか？　というかあの若造はそなたのエンブリオであろうに」

「……今迂闊に口挟んだら、シェリィのしごきが俺に向くのが目にみえてるから傍観」

「……一理あるな。そなたもそろそろマスターの気性を把握してきたようで何よりだ。臨時とはいえ同行者が疲労で倒れるのは我も困るのでな」


——聖なる夜の日が暮れていく。

きっと“クリスマス”という行事そのものより、その日の騒動やらの方が忘れえぬ、想い出という名の特別な“贈り物”。




■今回の日記には臨時組中のリマトリィドさん（955）とエンブリオのナユさん・番外編には＋シルズグレー (957)さんを拝借しました■

（PL：アイコン用意のためすみませんがメッセはお待ちください……！）

お金のことに触れられると苦笑して、半ば冗談げに。

ちょっと正直な感想がでてしまったようだ。

（自身の翼をバサッと広げ、何処か得意げな表情で）

（荷物をゴソゴソとしたのち、幾つかの銃を取り出した。
巻貝を材料とした銃、サイコロをあしらった銃、宝石の欠片を埋め込んだ短銃…　様々だ。
それを彼女の前に並べ…）

（「さ、どうぞ」 …とでも言いたげだ。
本当に問題はないらしい…？）

（そっと、その該当部分を撫でて… 少々ニヤリ笑みを一つ）

（話の内容には興味と感心を覚えたようで、目が輝いている。
話を聞いているだけで、彼女の武器に対する扱いは目に見える様であるが…

それにしても、何か聞こえるような？ 首を傾げて）

（ニヤリと笑い、ウィンク一つ。
そういった内容ならば、戦いの内に学べば良い事だろう）

（サムズアップを、一つ）

酒精は匂いでも軽く酔うタチな上に甘党、先入観から来る苦手意識のようでもあった

そう口にした頃、シェリィの荷物からドライフルーツが出てくる。

うーん、と首をひねる。

ううん？と自信なさげに言った。

難しいですね、と肩をすくめ

現れた少年を見つめて大声をあげ、まじまじと見つめる。

ひとしきり感心して眺めている。

どう扱っていいのかわからないのか、なんだか口調が色々と安定してなかった。

深く頭を下げた。

あはは、と苦笑する。

おかしいでしょうか？と付け足して

頭を撫でられ一瞬困惑した顔を浮かべつつも、そう答えた。

そういって照れた笑いを浮かべる。

むむ、とうなる。

ほぼ受け売りですけどね、と笑う。

はあ、と溜息一つ。

なんだか目を輝かせていた。

ふぁいとー、となんだか微妙に気の抜ける声をあげた。

あわわ、と変な声を上げる。

後ろのシーツが増えている。手を取り合って踊ってるが、何を考えてるのかわからない。
それを前（後ろ？）にして、アリスは自分の感謝が崩れて行くのを必死に食い止めている様だ

シェリィさんの触れる長剣に視線を流す。

（それは、地下牢から出て、砂地へ向かう、他の土地も含めた分岐路にて、のお話。）

（そこで、視線に気づく。不安そうにそちらの方を見つめるも、そこにいる人物には、
敵意は感じられない。むしろ分かりやすく、警戒を解くように、と受け取れる仕草を
して頂いたことで、少し安心したようだ。）

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）

（左右色違いの瞳は対峙する敵を鋭く睨みつけ、長剣の切っ先を向ける）