★絵日記含め描写に流血シーン（＆カット）がありますので、読んで＆見て下さる方でそういう表現が苦手な方はご注意下さい（文章も絵も微妙な腕なのでそう怖くはないです多分……）★

■The first defeat and the reason for living...

必死に何度も愛剣の柄を握ろうとしても。
既に篭手は破壊され手袋は破れて素手になった状態では、血糊で滑ってなかなか思うように握れない上に、情けない位に力が入らない。

——全身に無数に負った傷から血を、流しすぎた。


「くっ……そ……！！！」


ぎりり、と血の味のする唇を噛み締めながら。
長剣を支えに立ち上がろうと何度も必死に全身の力を振り絞って試みる。

が、自身の流したもので出来た血溜りになりつつあるそこから、力を失って折れたままの膝を持ち上げようと試みても、微かに動く程度で最早体を支える体力さえ残っていない。
じわり、と膝部分の布地が血を吸って嫌な感触を増してゆく。


——もう、立ち上がれない。限界だった。


失血の所為か霞みはじめた視界に、左右色違いの瞳が“標的”を映す。

“アレ”の攻撃の手が一時的に緩んでいるのは、最後に全力で叩き込んだ一撃がそれなりに効いている所為で、即座に反撃に転じられないだけだ。
その最後の一撃でも致命傷を与え切れていないのは、自身が重々承知していた。


精霊剣の特殊能力を行使する為の魔力は、非常用の魔法石含めて全て使い果たし。
元々容量の低い自身の残魔力程度では、もう１度だけアークを呼び出せるかどうか。


——何度も死線を潜ってきたが、打つ手がもう無い場所まで追い詰められたのは、これが初めてだった。


「……負けるのか？　私が……よりによって“混沌”相手に……——っ……うぅ……あ…ぁぁぁぁぁぁ……！！！！」


悲鳴のような叫び声が、周囲に響き渡る。
が、そこに“虹音”の能力を乗せる事すら、もう出来ない。

力不足の不甲斐ない自分への怒りと絶望と悔しさと。
対峙する相手への憎悪と——ごった煮になった感情が声ならぬ声となって唇から零れ続ける。


頬を伝うのは、血とは違う温もり。
眦から流れ落ちたそれに、紅に染まる指先で力なく触れる。


「……涙……？」


記憶にある限り、そんなものに縁はなかったはずだ。
意識すれば、それは次々と零れ落ちる。


そんな涙の一滴が、大地に突き立てて辛うじて血溜りに沈もうとする体を支えてくれていた長剣の柄に触れた瞬間、据えられた神聖石が見慣れた光を放つ。
そこから光を纏いつつ浮遊するように現れたのは、小さな少年妖精姿をしたアークと呼ばれる神聖霊。


「アーク……どうして……」


呼び出す為の微量な残魔力は、使っていないはずだった。


「どうもこうもない。これほど強い感情に動かされずでは、偉大なる神聖霊の名と格が廃ろうというもの。何より、今日この日まで守護を与え見守ってきたマスターを、我としても易々と喪いたくはない。が、マスターは元より低い魔力より肝要なはずの体力も生命力も枯渇して、負傷具合から戦闘力を失くしているとあれば、勝算は無いのは承知」


ふわり、と飛来した小さな神聖霊は、アイスブルーの瞳で真っ直ぐに己の今のマスターの左右色違いの瞳を見詰めた。
そこに宿る光だけは、未だ力を喪っていないのを確かめる。


「……我が剣の主にしてマイマスターよ。死にたくないか、いや……生きたいか？」
「当然だ。私の存在意義は戦う事なのに、それをこんな無様な形で失くした末にアレに負けるなんて絶対に嫌だ。私の判断ミスでの現状は承知してる。でも何より、まだ見つけていないモノがあるんだ。だからこんな場所で、こんな形で死にたくない。……生きたい、よ……！！！」





即答で返されて綴られた言葉は、確かに強い意志を感じるものだった。
そう、この状況でも未だ諦めきれていない、諦めていない。
相討ちに持ち込んで命尽きてでも必ずせめてもう一撃、喰らわせてやる——そんな決死の覚悟を秘めた瞳。


「では最後の手段を提示しよう。マスターの“命の灯火”即ち“寿命”を代価に、我の封印を解放すれば、あの程度までマスターが打撃を与えてある状態なれば、我が滅ぼしてみせる」
「……アーク？　何言ってるんだ……お前には戦闘力は無いはずだろ？　出来るのは補助回復タイプの魔術行使と、精霊剣に宿した能力の管理……」
「必要がなければ取りたくない非常手段だからマスターが知らぬだけだ。それを伝えて実行するかは我の裁量に任されている」


アークのアイスブルーの瞳に浮かぶ感情は、複雑なものだったが嘘は無い。
そろそろ相棒と呼べる程度の付き合いはしてきた存在だからこそ、その程度は読み取れる。


「“寿命”って言ったな。それで何とかなるなら、くれてやるよ。私の代わりにアレを倒してくれ。災厄をこれ以上広げない為にも」
「……さらに言えば、恐らくかなり痛みを伴うぞ。元々能力が低く魔力も枯渇していればもう半ば機能停止状態のはずの“歯車”を強引に動かして、機能限度以上のものを引き出している間なれば、我は本来の姿を維持したまま能力を行使し得る。その過程で嫌でも寿命が目減りする上に、痛みに気絶せず耐え切るのが条件だ。マスターの意識が無い状態ではどうやっても我でも動かせぬからな」
「“剣”をへし折られて、最悪の恥辱に塗れたまま“混沌”相手に甚振られて敗北するのを思えば、痛み程度に負けやしない。必ず耐え切ってみせる」
「その覚悟と願い、しかと聞き届けた。ではその目に焼き付けておくが良い。我の“本来の姿と能力”を。もう２度と、目にする事がないように、な」


日頃アークが纏う淡光程度ではない眩い閃光が周囲に満ちると同時に、全身に負った外傷と同等、いやそれ以上の激痛が忠告通りに内部に走った。

咄嗟に上げ掛けた悲鳴を、全ての気力を振り絞って必死に噛み殺す。
残っている血液が沸騰してさらにそこに大量の針でも流されているような錯覚を覚える位、指先まで余さず全身が痛みに軋んだ。

さらにぎりぎりと内臓を締め上げられているような圧迫感。
息苦しさに、長剣で辛うじて支えていた体がぐらりと傾ぐ。


「……負けない。負けられない。私は、ここで終われないし、終わらない。せめて自分自身に位、打ち勝ってみせる……っ！！！」


飛びそうになる意識を留める為に、大地に突き立てていた長剣を全力で引き抜くと、支えを失って倒れこむ体の勢いのままに、その刃は深々と肩口へと突き立って背へと貫通した。

地に落ちるはずの体を寸前の位置で長剣の柄部分が縫いとめて、同時に失いかけそうになる意識を別種の痛みで必死に繋ぎとめる。


霞んだ視界におぼろげに映ったのは。
人間と差異のない大きさを持ち、その背に輝く四枚翼を広げた“何か”が、天から光を帯びた雷のようなものを豪雨のような勢いで“混沌”へと落下させている光景だった。


耳障りな音の悲鳴を尾を引くように上げ続ける暗闇のような物体が蠢く場所に、容赦なく追い討ちをかけるように無数の光矢が襲来する。


——長いような短い時間の果て。


「……終わったぞ、マイマスター、シェルシェーリィよ。可能な限り短時間に絞ったとはいえ、よくぞ耐え切った。故郷へ連絡は入れた。遠からず治療の出来る同族が迎えにくる……だからもう、休んでいい——」


という、何時もの尊大な口調ではなく、労いと、恐らく——己のマスターと定めた者の意志の強さに対する感嘆のようなものの入り混じったもの。
……常日頃、決して己のマスターの名を呼ぶ事がないアークが、それを口にした。


それを聞き届けてから、意識も体もぷつりと張り詰めた糸が切れるようにして暗い場所へと落ちて行ったのが、その戦闘の最後の記憶。
初めての“敗戦”の終わりだった——。


+++++　+++++


「……。…………」


——聞き慣れた声が、やっぱり聞き慣れた呼称で自分を呼んでいる。


「……ん…………」
「マスターよ。クレシュミエントと火の番の交代時間を大幅に過ぎているぞ。マスターが寝過ごすなぞ何時ぶりだ、しかも何やらうなされていたが大丈夫であろうか？　どこか治療しきれていない負傷を隠していたりせぬだろうな？」
「——え……あ？　……うわ、何だこれ……」

アークの声に、がば、と寝床というには粗末すぎる簡易毛布にくるまっていた体を起こして、全身に嫌な汗をかいているのに気付く。
手の平までべったりと。


「……何か、嫌ーーーな夢をみてたような……」


ぽそり、と小さくシェリィが呟くのに、アークが眉を顰める。


「夢？　そのようなものを見るのもそうそうなかろうに。……本当にどこかおかしいのではないか？　もう少し休んだ方が……」
「あ、いや……なんかだるい程度で、体は動く。アークが危惧してるような怪我もないから大丈夫だよ。ちょっと水場で汗だけ流させて貰ったら、レシュとちゃんと交代して。そのまま朝になったら何時も通りに自己鍛錬もやるし」
「……ふむ。なればよいが……ここ暫く、先を急ぐばかり少々無茶も重ねているからな。事を急いては何とやら、というであろう。用心するようにな」
「……判ってるよ。有難う、アーク」


ひらりと手を振りつつ、簡単に身支度を整えてから水場へ向かう己のマスターの後姿を見守りながら。
アークはふわふわと浮遊したままで、やはり難しい顔をしていた。


“……あのマスターが素直に礼を？　煩いと言うでもなく？　…………何か妙なものでも食べたのであろうか……いや食に拘りはないから酒類の方か？　だが味覚はしっかりしている故、妙な味のものを口にしたりはせぬはずだが……いやここは拘りの無さ故にやはりその辺りのものを適当に口にしたというのも有り得るか？　……うーむ……”


+++++　+++++


冷たい水を浴びて全身の汗を洗い流しつつ、意識が鮮明になるにつれてシェリィは夢の断片を思い出していた。


「……アークの“本来の姿と能力”の話をした所為か？　……それともなんか弱気にでもなってんのか？　ふっ……らしくないね」


不可思議な神の加護を受けた多腕の青年と酒を飲みつつ交わした会話。
あれが引き金だろうか。
それとも、別の要因だろうか。


剣を振るい幾多の異世界を“役割”に応じて旅するようになってから、初めて経験した“負け戦”。
帯剣した精霊剣に宿るアークが居なければ、間違いなくあそこで死んでいただろう。
魔術が不得手な分の補填だけではないのが、貴重な精霊剣を授けられた理由だったとも知った。


あれは運がなかったとかいう話ではなく、完全に自身の力量不足と判断ミスの二重の失敗だ。
事前調査された“標的”の能力から、今回は必要だとつけられた同伴者と途中ではぐれたのに、自分１人でも倒せるという思いあがりもあったと思う。
それが致命的な判断ミスだと思い知ったのは、実際に“ソレ”と対峙してからだった。

あの経験からさらに腕を上げるべく必死に自身を高め続けたのと、事前調査も可能な限り行うよう心がけるようになったのも相まって、以降同じ過ちを繰り返す羽目にはなっていない。

その影響からか僅差でも不敗、と呼称される事もあったが、実際には“１度だけ負けている”と自分では認識している。
アークの助力あって負けてないのであって、自分は負けたのだから。

結果アークの“あの姿”を見たのはその折の１度限りで、生きている限りはもう経験したくはなかった。
あの時傷よりも何よりも余程痛かったのは、折れそうになったのは心の方だ。
悔しかった、情けなかった。


だからもう、次の敗戦はない。
次に“混沌”相手に遅れをとるなら——本当に、今度こそ死ぬ時だと思い定めている。


戦場で命尽きるなら本望とも思うけれど、出来れば自分の納得のいく形で終わりたい。
成すべきを全て終えた後なら、閉じられた故郷ではなく、駆け抜けてきた異世界の戦場の１つで……それはそう——悪くはない気がした。


ぼんやりとそんな事を思いながら、動作に合わせて水が跳ねて波紋が広がる水面を見つめる。


「……でも私は、あれから時間が経ってても“まだ見つけてない”んだ……だから、それまでは……」


その呟きの最後の言葉は、もう１度ぱしゃりと水が跳ねる音に紛れて消えた。

提示された一言は盲点、かつひどく魅力的な話で、たちまちに目を輝かせる。
ただし、酒の造り方など、紹介されたばかりのワイン工房の様子を少し見た程度である。
（CNo400さんのところの葡萄踏み）

特に悪気なく言い切る。

思わずぼそりと問う。

頭の上にいるスズメに対して、一ヶ月で何回くらいだっけ？と尋ねていたり。

笑っている相手に肩をすくめてやれやれという仕草。

本気で威圧しようか、という相手に間髪入れず即答した。
そして、本来の資質と、全力を発揮できない、という言葉には興味があるのかないのか、深くは追求しないという態度。

そして少し考え込むように難しい顔をする。

そうやって自分のエンブリオを心配するのとは反面、自嘲するような相手に、そういうこともあるよ、とけろりと答える。

相手が一番軸にしていることを持ち出して、逆にそれで良かったと思う、という意見を述べた。
飲みに誘われるとその雰囲気を引きずることもなく少し笑い。

噂や一面からの情報を鵜呑みにはしない。始めから決めつけない。
それが彼にとっての『信念』なのだろう。

得物を受け取るのと交換に相手の長剣も引き渡す。

少し剣呑な雰囲気を醸し出すが、そのやりとりの後に続いた一言にすこしの間黙り込む。

どう見ても押されている。もう一押し強く言われたなら頷きかねない。

シェリィの、そしてアークの態度や言動から察せられる、と頷いて、また少し考える仕草を見せてから口を開く。

そこまで言って、いったん口を閉ざし、今度はアークにとって尋ねる。

　ジャックはカボチャを食べる気満々のようだ！

　並ぶ貝のツマミにも鼻先を動かしている。

　ジャックは嬉しそうに酒の注がれたグラスを受け取った！

　少しずつ口を付けて、貝をかぷりと齧る。美味しそうにして、ちちちと舌先が鳴った。

　ジャックは自慢げだ！

享楽の目がキラリと光る!!

(もし良ければどうぞとお勧めの日本酒の入った徳利を掲げている)

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）