■ 贋ハチベ

ここのところ立て続けに森の化け物を退治したマニー親分。
たまにゃァ骨休みも良かろうと木陰で煙草を吹かしていた。
天気もいいし全くのんびりしたもんだ。

だが当然、そんな平和な時間は長くは続かねえ。
何しろいつも厄介事を持ち込んでくる乾分のハチベがいない。
これはまた何処かから噂話を持ってくるんじゃねえか、と思っていた矢先。
森の奥の方から何やら喧しい声が聞こえてきた。


騒がしい声の方から飛び込んできたのは矢っ張りハチベ。
当然、第一声は「親分、大変！」だ。
一体何事、と親分が重い腰を上げて聞こうとしたのだが、
ハチベの後ろから現れた一揆隊の集団がそれを遮った。

がやがやと茂みを分け入って来たのはいずれも屈強な連中だ。
一揆隊だから仲間のはずだが、どうも殺気立っている。
「お、こいつぁマニー親分じゃないか」と、そのうちのひとりが言った。
それは町で力自慢の大工で、周りにいるのも乾分や仲間らしい。
「おうおう、いきなり大勢で何だい」とマニー親分は尋ねる。
「ちょうどいい、親分にも立ち会ってもらおう」と男たちは頷いた。
そしてまた音頭取りの大工が前に出て親分にこう言うのである。
「そこのえんぶりお、ひっ捕えさせてもらうぜ」


「捕らえるって、こいつは俺の乾分だって知って言ってるのけえ」と親分。
「そのようだが、とにかくそいつにゃ疑いがあるんでな」と男は返す。
「一体こいつが何をしたって言うんでえ？」と親分は宥めるように訊いた。
「この辺りで一揆の者に悪戯ばかりする"ふぇありー"がいるんだよ」
と、男が言うと、周りの連中もその被害を受けたらしく口々に騒ぎ始めた。

曰く、寝ている天幕に火をつけられた者、木の上から水をぶっかけられた者、
旋風で吹き飛ばされた者、落とし穴に落とされた者、など実に様々だ。
いずれもそこからふわふわと飛び去っていくえんぶりおが目撃されていた。

「そいつァ難儀だが、こいつはそんなことはしてねえぜ」と聞き終わって親分。
「あっしもそう言っているんですが聞いちゃくれなくて」とハチベも言い返す。
「だが、ふぇありーのえんぶりおだってことはわかっているんだぜ」と男は突っかかる。
そうだそうだ、と他の連中もいよいよ殺気立って収まりがつかない。

「よし、わかった」と親分は鶴の一声。
流石の迫力に一揆隊の連中も一時静かになった。
「なら俺が本当の悪戯者を捕まえてやる。それなら文句あるめえ」と見得を切る。
「だが疑うわけじゃねえが、捕まらなかったらどうする？」と男たちは返す。
「そん時はおいらが腹でも何でも切ってやるぜ」とすかさずハチベが割って入った。
「莫迦、お前にゃ切る腹もねえだろう」と親分。
このやりとりに、連中の勢いも些か失せてしまったようだ。



こうして悪戯者のふぇありーを捕まえることになった親分一行。
「しかしこんな広い森でどうやって探すんです？」とハチベ。
「おめえだったら団子でも置いておけば簡単なんだがな」と親分。
「嫌だな、あっしは団子より花ですぜ」と、どうやら余裕が戻って来たらしい。

「ま、わざわざ誘き寄せることはねえな」と親分は懐から羊皮紙を取り出した。
それを広げると何やら地図のようなものが書いてある。
「さっきの連中に悪戯があった場所を聞いて来たからな」と言いながら、
羊皮紙の地図のなかに洋墨でいくつか印をつけていった。

「こいつを見な」と親分は地図を指す。
それはこの森をあらわした地図で、親分がつけた印は森の奥の一部に集中していた。
「どうやらこの悪戯者は森の奥に入って欲しくねえみてえだな」と親分は見抜いた。
「何かお宝でもあるんでしょうか」とハチベは相変わらず。
「おめえの気楽さが羨ましいよ」と言いながら親分は気を取り直す。
「さて、とにかくおめえの贋者を確かめに行くぜ」