「だいぶ、よくなったみたいだよ」

　そう声を掛けられれば、少女は幾らか明るい笑みを見せた。
　山道は長く、険しい。それでも彼女は僕等の力を借りる事なく、一歩一歩を踏み締めて歩みを進める。

「ますたー、どうして、ないているの？」

　──夜を外で過ごすのも、とうに慣れたもので。黒髪を丁寧に梳り括って、契約者たる憂梟は眠りについていた。
　『僕等』は、眠らない。正確には、眠りが必要ない。ただぼうと、静かに辺りの音に耳を澄ませていた時の、小さな人形の不意の言葉だった。

「どうして？」
「哀しいからだよ」
「どうして、かなしい？」
「ヤードを弱らせてしまったからだよ」
「ますたー、くるしいの？」
「そうだね、きっとくるしいのさ」
「どうして、」

　──どうして、たすけて、って、いわないの。

　その、答えを。僕は口にすることが出来なかった。

初めて耳にする、ここではない世界での常識。
興味深そうに耳を傾ける瞳は、真剣そのもの。
何かを言いたげな瞳に、言葉を探すようにしながら。

口に出してから、不思議そうに己の口元に手のひらをあてる。
本当に自分でも、なぜ今この言葉なのだろうと、思ってますと。隠さずに。