ぎぃ。ばたん。ぎぃ。ばたん。

地下牢に、ドアを開け閉めする音が幾度と無く響き渡る。

司教ラズロを打ち倒した後、周辺の探索がぐんとしやすくなった。
トキサメのときにも言えたことだが、その周辺の番を任されている人物がいる場合、彼らを打ち倒せば暫くの間は王城側の警戒が薄くなる。それも、長い間とは言えないが。
実際、今回出来た隙もそう長くは続かないだろう。
ラズロは打ち倒した後、すぐに姿を消した。
カレはいかにも賢そうな男だったし、トキサメのように全ての力を出し切っている様子も無かった。
戦術的撤退。
そういったところだろう。おそらく、上に報告されるのも早い。
それもあって、僅かな自由に使える時間を頼りに、大の大人たちがドアと言うドアを、ばったんばったんと開けては閉め、開けては閉めを繰り返しながら探索しているのだった。

その大半は、見た目どおりの牢屋でしかなかったが、時折牢屋以外の用途の部屋もあった。
先日発見した兵士の休憩所などがそれにあたる。
これはあの箇所以外にも複数見られた。
これから地下牢を通るであろう、後続の仲間たちの良い癒しになるであろうと思った。

それ以外には、地下水の汲み取り所や、恐らく下水へと続く用水路等。
淡々と流れだけをたたえるこの水路は、おおいに役立った。
水の流れる方向が常に一定だったためだ。
つまり、流れを遡れば水源に当たる可能性が高く、水路を見つけては、その流れに逆らうようにして移動した。

そして—。

ぎぃ。ばたん。
ドアを開ける。そして、律儀に後ろを振り向いてから、そっとドアを閉める。

園部屋に広がっていたのは、沢山の木箱と、沢山の袋。
明かりの無い空間に、沢山のものが雑然と置かれる様子は、どこか不気味な雰囲気をかもし出していた。
しかし、カリンカランがそれを感じている様子は無い。
むしろ、面白いものを見つけたというようなわくわくとした表情を弾ませている。
彼女がふんわりと部屋を照らしながら、一つの木箱の前に移動して、その箱を取りさる。
そこに現れたのは…、闇を破るように、色鮮やかなオレンジ。

取り去った木箱の蓋を、左方へと蹴り飛ばす。
木箱は下方にあった小麦の袋へとぶつかり、どさりと鈍い音を立てた。

そうため息をつきながら、カリンカランはオレンジにかぶりつく。
彼女のサイズでは、オレンジはもう殆ど体のサイズと同じと言ってもいいほどだ。
半分をアジュガに与え、残り半分をヴィツと分け合いながら、オレンジを食した。
瑞々しい味がする。

兵糧攻めも一つの立派な作戦だからね。

そんなことをカリンカランが呟くと、アジュガがその意味を問う。
それに答えれば、やはりアジュガは納得がいかない様子を見せた。
それでもオレンジの瑞々しさは変わりなく、受け取った少女の喉を潤す。

その問いに、ううんとアジュガは黙り込む。
自分の持つ、倫理観と好奇心がせめぎあう。
それでも少女は、「約束」にはめっぽう弱かった。
自分が今、このメルンテーゼの城の地下牢にいる理由もまさにそれだったわけで。
指きりには抗えない。

彼女は好奇心に屈し、静かに一度だけこくりと頷いた。

そう言うと、食料庫内の探索が再開された。
袋の中身は殆どが小麦であったため、とりあえず今回は無視された。
アジュガにとっては、この小麦が普段食べているものに一番近く、一番おいしそうに見えたものだが。
あれを掌いっぱいにすくって、それをちびちびと食べれば満腹になりそうなのに、と思いながらも、今回は口には出さずに探索に協力することにした。

次に見つけたのはパンだった。アジュガはこれには見覚えがあった。
馬車に揺られた奴隷時代によく、食料として配られていたためだ。
しかし、あの日以来口にしたことは無かった食料を眺め、懐かしさに浸る。

最後に見つけたのは干し肉で、これははじめアジュガは肉ではなく根か何かだと思った。
カリンカランが肉であることを伝えると、とても驚いた様子で、動物のようににおいを嗅いだり、おっかなびっくり触ったりしていた。

パンと、ナイフで切り分けた干し肉の簡素な昼食。
いただきまーすの声のあとに、まずアジュガが盛大にむせる。

結局アジュガは干し肉をすべて残した。
曰く、喉が焼け付くような粉まみれでとても食べ物と思えなかったとのこと。
それがいいのにとカリンカランは思ったが、幼児にものを食べさせるような気持ちではじめの食物を与えるべきだったと、カリンカランは反省した。
反するヴィツはパンも干し肉も普通に平らげ、丁寧に手を合わせて食事を終えた。
カリンカランが問うと、彼にもまた、人との交流があったことが分かった。
結局、三人の中で一番人間のことを知らないのは、人間たるアジュガのみであることがはっきりしてしまった。

最後にカリンカランは、何が一番美味かったかをアジュガに問うた。
アジュガは、すぐに、小麦の入った袋を指差してみせた。
彼女の口の端には、小さな籾殻がひとつ、ついたままになっていた。

カリンカランは頭を抱えた。

いつもの真顔で、作り話や絵空事のようなことを並べ立てる。

自らの鎖骨の下辺りを撫でるように手をやって。

あまり人を褒めないので照れめいたものが混じっているが、本人は無自覚だ。

有体に言えば、あなたのそれはオーバーな言動。それはそれは驚かれることもあるにはあるけど。こういう世界にいてそういう反応をされるのは少し、珍しい気がした。
少し似たような気配がする…ような。

身なりの良い女性が歩いている…。

近づくなり挨拶をした。

自らの胸に手を当て。特に気落ちするような様子も見せず、いつも通り冷静に言葉を放つ。
アジュガに気を遣ってのことなのかは定かではない。

ハルが胸に手を当てたまま目を閉じた。
その状態のまま小声で何かを呟いている。

はは、と自虐的に嗤ってやれやれ、というような動作をとる。

何やらわけの分からないことをブツブツと。