やがて、こんなものは不要になる。
　そう言いながら、誰も剣を捨てられない。
　道具と割り切るには、長く握り過ぎてしまったから。

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　白磁のカップに、湯気を立てる紅茶が淹れられる。
　テーブルにはスコーンとサワークリーム、軽食としてサンドイッチも用意されていた。
　その光景だけを見れば、ありふれた午後のお茶会だろう。
　しかし手ずから紅茶を淹れるのは、騎士階級の身分であるマーティナ・オーデュボンだ。
　本来、こういった雑事は従者に任せるもの。
　そうしないのは、信用できる従者であっても今は傍に置きたくないからだ。

「さ、入りましたわ。砂糖とミルクはどうします？」

　彼女が微笑んで問うと、対面に座る客人が口を開いた。

「ミルクを少しだけ。
　結構慣れたつもりだけど、やっぱり砂糖の甘さって苦手なんだ」

　そう言って客人——アムルイは苦笑いで答えた。
　無理もない、とマーティナは思う。
　アムルイは元々、山の民の出身だ。
　山野の暮らしにおいて、調味料の類はまず望めない。
　ましてや砂糖を手に入れる機会など、彼らにはなかった筈だ。
　そのせいかアムルイは砂糖に限らず、濃い味付けの料理や、香辛料を利かせた料理を敬遠する。
　一方でハーブは日常的に使っていたらしく、これはこれで一家言持つ。

　——ちなみに、マーティナはそんなアムルイに料理を教わったことがある。
　山の民の料理ということは、山野で手に入る食料だけが頼り。
　騎士として、行軍時にはそんな料理に頼ることもあるだろうと、軽い気持ちで教わったのだ。
　そうして学んだのが、基本的な肉料理である。
　とにかく肉ならば何でもいい。臭かろうが硬かろうが、毒がなければいい。
　そんな肉を、ある種のハーブを混ぜた焚き火で炙り焼きにする。
　こうすることで、肉の臭みや味はまったく気にならなくなるのだ。

（と言いますか。あれ、完全に危ない葉っぱですわよね）

　意識がアッパーになるのだから、臭みや味が気になるわけがない。
　どうしようもない非常時を除いて、あの料理には頼らないようにしなければ、とマーティナは誓っていた。

　それからしばらく、二人は他愛のない雑談をして過ごした。
　話の内容は料理のことや、どちらも縁がないけれど恋のことなど。
　談笑するその姿を見れば、これは本当にただのお茶会に見えたかもしれない。
　しかし紅茶の湯気も消える頃、アムルイが切り出した。

「……それで、サイラス卿の容態は？」

　問うたのは、マーティナの主人である貴族の健康について。
　アムルイが彼と話したのは、ほんの少し前のことだ。
　しかしその会談の機会さえ、病身のサイラスを蝕むには充分なものだった。
　マーティナは重い吐息を洩らし、

「正直、芳しくありませんわね。
　最後の仕事を終えたと思ってしまったのか——月が一巡りする頃には、旅立ちになられるのでしょう」

　それでさえ、希望的な見通しである。
　マーティナの見立てが正しければ、最早一週間でさえ危ういだろう。

「サイラス卿には、まだまだ表舞台にいて欲しかったけど……。
　こればっかりは天命だから、仕方のないことなんだろうね」

　そう言って沈痛な面持ちを見せるのは、アムルイの個人的な好意もあるのだろう。
　彼女はサイラスを貴族としてはもちろん、その人柄も尊敬していた。
　交わした言葉はそう多くはないかもしれない。
　しかし僅かな交流であっても、彼女はサイラスから多くを確かに学んだのだから。

「マーティナはこれからどうするの？
　サイラス卿のことだから、後の段取りも決めてるとは思うけど」

「ええ。まず嫡男のクロード様が、跡をお継ぎになりますわ。
　もっとも王があれですから、しばらく自称貴族という形になってしまいますが」

　爵位は親から子へと相続されるが、それを認めるのは王の仕事である。
　しかし明確に新王と敵対する今、相続を認めることは誰にもできない。
　一揆が終わるまでは、自称貴族という形になるのも仕方ないだろう。

「そして私は、変わらずウォーカー家の剣として仕えますわ。
　何せ古い在り方の騎士ですもの。
　必要とされなくなるまでは、主君に仕え続けることを誉れとしましょう」

「すごいぶっちゃけるけど、私に鞍替えする気ない？」

「紅茶ぶっかけますわよ？
　そのお誘いは、私のためを思ってのものだとは分かっていますが」

　一揆が終わり、連邦制が成立すれば、貴族は再編を余儀なくされる。
　その吹き荒れる嵐の前では、騎士の身分もまた木の葉のように舞うだろう。
　そうなる前に、ひとまず安全なところへ来ないか、と誘われたのだ。
　もちろんそこには、彼女がマーティナという人材を必要としている事実もあるが。

「それでも私は、ただの剣で在り続ける道を選びますの。
　主が剣を捨てるならともかく、剣が主を捨てるなんて言語道断ですわ」

　長く握られた剣なればこそ、主に愛着があるというもの。
　今更、他の手に握られたいなどと思えないのだ。

「そういうところも、評価してるんだけどなぁ」

「ふふふ。お褒めの言葉だけ頂いておきますわ」

　もっとも、アムルイだって本気で引き抜こうとしているわけではないだろう。
　とりあえず言うだけ言っておこう、という程度のものだ。
　それが分かっているからこそ、マーティナも微笑む余裕がある。

「私達は今後も、このようなお友達の関係が最善だと思いますわよ？」

「ま、そうだよね。わーい友達増えたー」

　そう言って苦笑するアムルイ。
　しかしふと、マーティナはその姿を見て思う。

　友達が増えたということは、今までどう思われていたのだろう、と。
　

あきれるように発した後、聞き取れるかどうかの小さい声で、呟いた。