「……」

私、ルアは宿舎の一室の鏡の前で悩んでいた。
先日、地下牢でアウラルさんと一悶着あったのだが、その時にその…抱きついた時に…ドキドキしてしまったのだ。
幸いにも気付かれる前に離れたからよかったものの何日か経った今も思い出す度に胸が高鳴るのが自分でもわかる。

「…はー…これってやっぱり、その…」

——恋、である。
確かにアウラルさんは昔から一緒に戦ってきた仲だし憧れや信頼といった感情を抱かなかったわけではない。
ただ今回芽生えたこの感情は…アウラルさんのことを想うだけで胸が締め付けられるようなこの感情は…やっぱり恋なのだろう。

「うー…でも同性との恋愛なんて…あー！」

私はベットに仰向けに倒れるとそのまま転げまわる。
ちなみに仲間のアムルちゃんに相談してみたら『変だと思います』と一蹴されてしまった。

「…はあ」

ひとしきり転がった後、大きなため息をして起き上がる。鏡に視線を移すとボサボサの髪の毛の自分が目に入った。

「うーん…そうだ！」

閃いた、そうだ髪を切ろう。思うが早いか部屋を出るとハサミを借りるためにアウラルさんを尋ねた。
最近は色々なことが重なってもやもやしてるだけだ、そう思うことにしたのだ。



　　　　　　　　　　　　　　　　　・



「アウラルさーん、居ますかー？」

私は部屋を2、3回ノックして返答を待つ。
中から何かを慌ててひっくり返すような音がし、暫くしてアウラルさんが顔を出した。

「…あの、おじゃまでしたか？」
「ん？い、いや大丈夫だよ、大丈夫…うん」

何故か目を逸らすアウラルさんを訝しがりつつ、私は用件を切り出した。

「散髪…って、せっかく綺麗な髪なのにもったいない…」
「…そうは言ってもすぐ伸びてきますし、それに最近色々ありましたから気持ちを切り替えたいんです。」
「ん、そっか…だったらおばさんが切ってあげよう！」

そう言うとアウラルさんはノリノリで準備を始める。こうなると何を言っても押し切られてしまうので私は素直に鏡の前に座った。

「えっと、どういう風にしたいとかあるのかな？」
「あ、えっと特には無いんですけど短くしてもらえたら…」

アウラルさんはわかった、と頷くと両手と触手で器用にハサミを操り私の髪を切り始めた。

「……」
「……」

チョキチョキチョキチョキ
お互いに微妙に気まずい沈黙を保ったままアウラルさんはどんどん私の髪を切り進めていく。

「…ルアちゃんの髪の毛は綺麗だね、何かお手入れのコツとかあるのかな？」
「うーん…これといって特には…あ、でもアウラルさんの髪の毛も、私は嫌いじゃないですよ？」
「クスッ…そう言ってくれると嬉しいな。」

沈黙に耐えかねたのか、先にアウラルさんが口を開いた。
なんてこともない日常の会話、それだけで私の心が弾むのを感じた。



　　　　　　　　　　　　　　　　　・



「…あ、ちゃん…る……ルアちゃん？」
「ん…くぁ…すいません、いつの間にか寝てしまってたみたいで。」

小さく欠伸をすると意識を覚醒させていく、散髪というのはどうにもヒマで寝てしまっていたらしい。
鏡に視線を移すと髪を肩ほどまで短くし、頭には花の飾りをつけた獣人の女の子…つまり私が映っている。

「…えっと、どうかな？」
「えっと、この花は…？」
「ん、それは私からのプレゼント、最近はちょっと調子がいいから…とはいっても私自身の花なんだけどね。」

アウラルさんはあっけらかんと話す。

「…ぐすっ」
「えっ、ちょっと…ルアちゃん？その、気に入らなかった？」
「…いえ、嬉しいんです、いつでもアウラルさんと一緒に居られる…そんな気がして…」

私は思わず涙をこぼしながら花飾りを優しく撫でた。

「…ルアちゃん…その、私も…」
「…アウラルさん」

アウラルさんが私の肩に腕を回し顔を近づけてくる、瞳は潤み息も荒い…多分私も同じような顔をしているのだろう。
そのまま瞳を閉じお互いの唇が重な——



コンコンコン



「「ひゃひっ！？」」
突然のノックに思わず二人して変な声を上げてしまう。

「…おや、お邪魔でしたか？」

アウラルさんがドアを開けると泥棒犬さんとハチが立っていた。

「おやびん！これはきっと世に聞くキマｓ」
「黙りなさい、こういうのはデリケートな話題なんですから。」
「」

パクパクと、私もアウラルさんも二人して言葉が出ない。

「どうやらお邪魔なようなのでまた後で、行きますよハチ。」

パタン

「……」
「……えっと」



　　　　　　　　　　　　　　　　　・



泥棒犬さんが去った後、二人して顔を赤くしてぎこちない会話を繰り広げたことを記録しておく。

仔犬は、しっぽをくるんと両足の間に巻き込み、両手で耳を押さえて防御の姿勢だ。

巻き込んだしっぽを、ひょこん、と差し出してくる。

大きなしっぽの先端がぴょこぴょこと動いている。
触ってもいいらしい。

仔犬が上目遣いの不安そうな目で見つめている・・・。