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「……まって」

　わたし
「キズナ、『死んでる』じゃない」

今まで雁字搦めに絡まっていた記憶の糸が解ける。
一から辿った夢（きおく）は、ゆめと呼ぶにはあまりにも凄惨で。
所詮は夢だと一笑することもできるけれど、少女は確信していた。

（——これは、私だ）


　　　　　　　　　　 わたし
　　　　　　　　 　　 Sise
救われなかった、糸世　の物語

　　　　　　　　 　 きぃ
　　　　　　　　 Kizuna
叶わなかった、　紲　の復讐



……じゃあ、ここにいる私は誰？



——シセ＝フライハイト

自信を持って言える。
生まれた……ときの記憶は流石にないけれど、
クヴェレネヒテのシセ。
お父さんとお母さんの記憶も、学院での（退屈な）授業や、友達とのおしゃべりも。
これは確かに私のもので、


私はキズナじゃないけれど、キズナはわたしで、えっと……



【シセ】



と、クライスが私の袖を引っ張っていたことに気が付く。

「クラちゃん？起こしちゃった？」

ごめんね、とクライスの橙の髪を撫でる。
クライスはふるふると首を振る。どうしたんだろう？


【さいごまで】


ふわり。少しだけ浮き上がると私の額に長い袖越しに触れる。
何故今起きていることを知っているのか、起き上がろうとした私に再び眠気が訪れる。
深い夢に、残りの糸を手繰るために、私の視界が暗転する——


---


夢だということを自覚したからか、私はそこに浮いて『いた』

だん、と地面を踏む音。傾いだ体を『カミサマ』——えっと、でも悪魔なんだっけ？——が立て直す音
とす、と地面に触れる音。薄紫の髪をした法具師が、脇腹を押さえて膝をついていた。

「間に合ったか」

冷たい、ぞっとするようなカミサマの声。
ライフルを地面に置くと青年に近寄って、その傷を見ている。
突き抜けるような空色の瞳。今までに見たことない色をしている。
背中からも血が出ている。弾は貫通したようだ。
その傷口に人差し指をかざすカミサマ。切ってもいないのに血が一滴落ちた。
すると、新しい肉が内側から盛り上がって、傷口をふさいていく。
同じように肩にも一滴。


カミサマはこの人の味方なの？


青年がカミサマを見る。糸目の奥に澱んだ赤い瞳。

「何の心算ですカ」

青年も驚いているようだ。
次の言葉の為に息を吸った青年の背中をカミサマが踏みつける。

「誰の赦しを得て口を開いている」

カミサマの口には凶暴な笑み。うわ、私、こんな顔もできるんだ。

「俺の分が未だだろうに。殺されては適わんからな」

ぐり、ブーツの踵が押し込まれる。
かと思えばひらりと爪先が舞う。男の人の顎が蹴りあげられる。
無理やり上を向かされた青年の胸倉を、カミサマが掴んだ。

「貴様の御蔭で俺の計画が狂った。死程度で終ると思うな」

地面から黒い棘が生える。青年の喉を真横に裂いた。

「ひゃっ！？」

思わず上げた悲鳴は、二人には聞こえていないようだ。当たり前か。
あまりにも綺麗に裂かれた喉は血を出すことなく軌跡を残して塞がっている。
違う、切ってまた塞いだらしい。

「　　　　　　」

男の人の口が動くけれど、空気が漏れる音しか聞こえない。

「——！？　　　！　　　　　！！！」

やっと私にもわかった。
声帯を切られて、声を失ったんだ。

「之で囀ることもできまい」

カミサマが手を放す。男の人は自分の喉を何度も触っている。

「安心しろ、云いたい事が在れば俺に伝わる」

そんな男の人を見ることもなく、カミサマは男の人から落ちた首飾りを手に取る。
たくさんの金属の欠片——発動鍵に近い何か——が揺れて音を立てる。
それがカミサマの手の中で形を変えていく——

出来たのは二つのバングル。一つは細く、一つは太く。
確認する様に裏表ひっくり返して眺めた後、男の人の左腕を取り細い方をつける。
流れるような動作に抵抗できなかった男の人が慌てて外そうとするも、
するりと入ったはずのバングルは外れない。
それを確認するとカミサマもまた自分の左腕に太い方をつける。

「扨て、之で貴様は最も嫌いな人間と同じ能力迄墜ちた訳だが」
「嗚呼、安心しろ。不死身性だけは俺と同程度だ」

男の顔から色が褪せる。

悪魔の復讐は、始まったばかりだ。

すっと上空にとび——

上空から降りて来る