「ね、さっきのどうだった？僕、やればできるでしょ？」
「ええ、練習試合の時もそう思いましたが、お強くなられましたね」
「えへへ〜」
従者の言葉に主人は得意げに笑う。
「これで荷物の交換は全部かな」
「ですね、持てますか？」
「大丈夫だよ、これくらい！」
「では、気をつけて」
「うん、グノウもね！」
手を振ってだんだん小さくなる背中。何度か振り向いてから見えなくなった。
少し前であれば、やっぱり一人じゃ…と言いそうなところだがここでの生活は坊ちゃんを少しずつ変えていった。


思えばもう30日経った。正確な時間の刻み方は我々の世界とは多少異なるかもしれないが、
30日といえば一ヶ月という一つの区切りである。
「静かだな」
傍らに居れば「ねえ、グノウ」からはじまって何かと坊ちゃんが話しているものだが…
「その方が集中できる、か…」
エンブリオの力を移し替える作業だ。進軍すれば敵も強くなる、自分も強くならなければやられてしまう。
「……」
先日の練習試合、特別手を抜いたわけではなかったが、坊ちゃんは強くなっていたのは事実だ。
ポプリの件から数日、もっと助けを求めるかと思えばほぼ坊ちゃん自身がことを進め、とても順調に進んでいる。
ここに来てから最初こそ不安なところもあったり、共に行動することが多かったものの、最近は離れることも多い。
従者という保護者から離れて戦い、また勝つことは自信につながっているようで、人見知りだった部分も緩和されているように思う。


沢山の人に会い、沢山のことを見て、沢山のものを吸収する。


ポプリという一つの課題を乗り越えて大きくなろうとしている、これほど理想的なことがあるだろうか。
一回りも二回りも成長して戻れば
「旦那様も喜ぶだろう」
一人でも活躍し、立派に成長されて











どこまでいっても雇われ従者。
必要ない者に無駄な賃金を払う必要はない。
実際、従者の傍を離れ迦楼羅は一人で歩き始めている。
それは間違いなく
「喜ばしいことだ」
逆にいつまでも傍から離れずに心配になるくらいだった。
もとから好奇心は強い、少し顔をあげれば見える世界は広いものだ。

できることは緩やかにこの手から離れてゆく小さな主人を、ただここで見守り見送るのみ——






形のない、名前のはっきりとしない波紋の元。
ただ確信しているのは、
そのどちらの感情も私には不要であるということだ——

ドスの利いた声に思わず怯えてしまう。

プルは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
表情そのままで。

グノウの言葉を聞いて、家族に思いを馳せるようなそぶりをした。

完全に明後日のほうを向きながらまくしたてる。