その誰かはどこにも居なかった。

白く狭い箱≪部屋≫の中で、人工的な光が絶えず中を照らす中、不安と恐怖で泣き叫ぶ。

朝も夜かも時間の流れも自分が誰なのかも分からずに。






「……おまえ。それに、ここは…？」
気づけば真っ暗な闇の中、腕の中にはエンブリオのアレが居た。
心配そうに見ている気もするが、こいつはいつもこんな顔だった気もする。
『あなたは白は好まないようですね』
声の方を見れば先ほど戦ったヴァルキリーが立っていた。
『黒や闇を好むのは過去の出来事のせいですか』
「人の心の中を土足で入って覗くとは、戦乙女というものも意外と躾がなっていないものですね」
『勘違いなさっているようですが、私は勝手にここに居るわけではありません。あなたが招き入れたからここに居るのです』
「…入れた覚えはありません。そもそも貴方の契約するつもりはない」
『光が嫌いだからですか？』
「……」
『使う力も闇が多いようですね。そちらの方が落ち着きますか？』
「…何が言いたいんですか、このままでは闇の力に飲まれるとかですか？そんな小説じみた台詞は要らないですよ」
『…いえ、ただ私はこの子に導かれたので来ただけです』
ヴァルキリーの足下にはシロイノが居た。
暗闇の中淡く光っているように見える。
『光はあなたが思っているより、冷たいものではない。時にあたたかく包み込む。あなたの主人のように』








どんなに奥底に仕舞い込んでいても、なかったことには出来ない。
思い出せば今も胸の奥…血が逆流しては、流れた痕が焦げ付きそうになる。

最初はただの雇われ従者。出会ったのは生意気で我が儘な悪ガキ。
「従者なんて要らない」と言われていたのは、こんな仕事いつでも辞められるものだと思っていたのは今は昔。

今なら何故シェイドだったのか、何故エンブリオ達が黒なのか、そしてそれぞれの意味も分かる。
私であって私でないもの。無意識のうちどこかで渇望しては今はもう手に入らない、戻れない何か。

『日だまりを守る為の力を欲すなら、力を貸しましょう—』
ヴァルキリーはその言葉を最後に光の粒子になり、そして雨のように降り注ぐ。
「…日だまり、か」
真っ暗だったあたりが上から光が漏れ、木漏れ日…また海面から降り注ぐ光のように見え微かに揺れる。
その光に手を翳せば、あたたかさを感じた。






「グノウ、大丈夫？」
その声はメープルのものだった。
「なんだか一瞬ぼうっとしてたから」
「…ああ、大丈夫です」
あれはほんの一瞬の出来事だったのか。
「契約したんだね、ヴァルキリー」
「…え？」
見ればシロイノはヒュドラの代わりにヴァルキリーの力を携えていた。
「闇属性ばかりだからあまりイメージなかったけど」
「…そうですね、私もそう思います」
「あ、迦楼羅」
廊下の向こう側から坊ちゃんが微妙に浮かない顔をしてやってきた。
「大丈夫ですか」
「…うん」
返事も今ひとつぱっとしない。
「その返事と顔ではあまりいい結果ではなかったようですね」
「……」
答えない坊ちゃんの代わりにポプリに目をやる。
『引き分けだったんだヨ。…惜しかったんだけどナ』
「…坊ちゃん」
そう声をかけると、びくっ、と体がこわばる。しかられる、と思ったのかもしれない。
坊ちゃんの頭に手をおけば、おずおずと顔をあげこちらを見た。
「たいした怪我がないみたいで、よかったです」
「ぐの…ごめんなさい…」
「何故あやまるんですか」
「だって…僕…負けちゃって…」
「過信、してたんですか？」
「……っ、……そう、かも…」
「やめますか？」
「…え？」
「一人で大廊下へ行くのを。今なら変更できます」
「……」
「別に一人で行く必要もないですし、自分の殻を無理に破る必要もない、連続して失敗するのがこわいのなら、誰かの後ろに隠れていればいい」
ポプリに顔を埋め再度俯く、しかし次に顔をあげた時には顔つきが変わっていた。
「——いくよ。僕、一人でいける」
「……そうですか、ではいい報告を待っています」