野良エンブリオたちを撃退し話の続きを聞こうと辺りを探したもののサバスおっさんの姿は既になかった。
赤ん坊連れているから仕方ないって言やあまぁ、仕方ない。
てか、何で赤ん坊なんか連れてこんな危なっかしい所をうろついているのか、それ自体も疑問なんだよな。
助手って言っているが、あんな赤ん坊に何ができるとも思えねーし……全く、胡散臭いことばかりだな。
ま、居なくなっちまったヤツは仕方がない。暫くはこの辺りも安全だろうから、いつものようにここいらを手分けして探索するか。

キバ達と別れ手分けをして探索を小一時間程度くらいだろうか、ふと人の気配を感じて振り返る。
廊下の奥から人影が現れる。遠目に見てどこかで見たようなおぼろげなデジャヴを覚える。
長く伸びた髪、身体のラインから大人の女だろうか、一本道の廊下をこっちへ向かって歩いてくる。
それとの距離が縮まるにつれ、デジャヴの正体がはっきりとしてくる。そりゃあそうだ、こいつは——

「ババア！？」

オレは思わず声に出して驚いちまった。
目のやり場に困るようなやたらと露出の多い水商売をやっていそうな格好の、二十代後半くらいに見える長い髪の女がそこにいた。
こんなババアの格好、オレは一度も見たことないな……これが何にも知らない相手ならドキドキもするんだろうけど、ババアは人間の寿命では考えられないくらいの歳だからな。
オレも信じられないが、歳を取らない種族だとか体質だとかふざけてるみてーだけど、実際オレがガキのときから全くババアは見た目が変わらないんだから認めるしかない。

オレはそんな事を考えながらはっと咄嗟に頭を低く構える、いつもの癖だ。何故ならこのタイミングで——
頭上を何かが空を切る音、ババアが投げつけた履物が俺の頭のあった場所を通り過ぎ背中で勢いを失い床に落ちる音がした。
いやーセルフォリーフに呼び出されて以来暫くやってなかったけど、まだまだ勘は衰えてないな。
元の世界にいるときは毎日のようにババアを怒らせることを言っちまっては引っ叩かれたりこうやって履物で一撃されてたもんな……。
まあこれをかわしてもこの後とっ掴まって上から拳骨が降ってくるってのがいつものオチなんだが。
——が、今日はいつもとは全く違う。
何でここには居ないはずのババアがここに居るんだ？

「あっぶね……ピンヒール投げる奴がいるかよ！？てか何だよその格好、若作りするにも程があるだろ」

何気なしに近づこうとするが、ババアは敵対する何かに構え

「近づかないで」
「は？」
「ただの仔供かと思って気を抜いてたけれど、あの一撃を避け、私が見た目どおりの歳じゃない事を一目で見破った……何者？」
「何言ってんだよ？何者もなにもとうとうボケちまったのか？」
「ふざけないで答えなさい、答え次第ではそれなりの事になるわ」

いつもとオレを見る目が全く違う。
声も明らかな敵意の色が宿っている。
こいつ、オレのババアと瓜二つの別人ってことか？
でも、ババアと呼ぶと即座に飛んでくる履物、それのタイミング。
ババアの投擲は妙なズレというか、普通のヤツの投擲とは違って、見た目どおりに避けようとしても何でか当たっちまう。
何をしたんだか知らないが、見た目どおりにかわそうとしてもかわし切れないんだ。
それをこいつはした。だから、こいつは別人って訳じゃないはずなんだが……どういうことだ。

「オレは……なんかよく分かんねーけど、セルフォリーフって所に迷い込んじまって、そこでそうこうしていたら今度はこっちに呼び出されて一揆の手助けしろとかどうとか言われてよー。
やっぱさー、怒ってんのか？連絡とかしようがなかったしさ、オレだって必死だったんだぜー、うちに帰るためにあちこち駆けずり回ったし」
「一揆？そう、あなたは他の世界から呼び出された一揆の参加者なのね。なるほど、身につけている服や護符に刻まれた既に失われて久しいはずの『言術文字(ヘカウ)』といい、ただの仔供ではないわけか。
でも、初対面の相手に聞く様な口ではないわね、直した方が良いわよ」
「そうなのか？あんま知らないで使ってたけど……ってか初対面って、じゃあやっぱあんた、他人の空似なのか」
「空似？ああ、私を誰かと間違えたの」
「あんた、オレんちのババアとそっくりなもんでよ、だからさっきはついババアって言っちまって。悪ィな」
「あなたのそのお婆さまがどういう方かは知らないけれど、そんなになの」
「服装以外は丸写しって感じだな、声も喋り方も似ているし」
「へぇ……お婆さまのお名前はなんていうのかしら」
「アリシア・フォルトゥニスって名前だな。あ、オレはランディ・フォルトゥニスってんだ」
「……すごい偶然ね、私もアリシアと言うのよ。アリシア・シェラザード」
「すげえ偶然」

そうしてオレはこのババア…じゃない、アリシアの姉ちゃんと情報を交換することにした。
この姉ちゃんは一揆の参加者ではなくてどこかから迷い込んだって話で、人探しをしているんだとか。
しかし偶然……なのか？
見た目も声も喋り方もそっくりで、その上名前も殆ど同じときた。
だが、オレの事も全く知らないようだ。
頭でも打っておかしくなったのかとも思ったが、仮に頭を打っておかしくなったって言うにはあまりにもしっかりした話し方だし、記憶喪失には到底思えないんだよな。
やっぱよく似た別人……？

ひとしきり情報交換が終わり、アリシアの姉ちゃんに別れを告げるとオレは何か引っかかるものを感じながら大廊下を後にする事にする。
まあ、あのババアモドキの姉ちゃんとはまたこの先出会いそうな気がするな。
よく分かんねーけど、そんな気がするんだ。

＞撫でようと手を出しかけ、我に返りひっこめる。

＞はぁ、と溜息。