宿の横にある憩い場。そこは利用者が思い思い過ごせるよう、ちょっとした広場になっている。
軽い運動もできる広さがあり、実際、目の前には親子だと思われる男性と少年がキャッチボールをしたり、
ビニールシートを敷いてお茶を楽しむ女性たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
時刻は午後三時。天気は雲があり、風もあるが心地良いと思える晴れ。
誰もがつい笑顔になるそんな昼下がり。

「はぁ……」

口から漏れたのは重いため息だった。

広場の隅に設置されたベンチに座り、そんな幸せそうな光景を見ながら心に渦巻く問題の重大さを思い出したら思わずため息が漏れてしまったのだ。

気晴らしに、と太陽の下に出たのだがあまり効果はなかったかもしれない。
今見ているこの光景は私の認識どおりの日時なのだろうか。

「暗い顔してどうしたんだい？迷子？」

ぼんやりしていると傍から声を掛けられた。そちらを向くと見知った顔が両手に紙コップを持って笑っていた。

「ある意味、迷子です。後、変な人に話しかけられてます」

「お前、兄を変な人扱いするなよ」

「ここで大声上げれば大変なことになりますよね」

「絶対やめてくれ」

冗談ですよ、と笑いながら兄さんが座れるように横にずれた。実際、義兄なので私たちは似てない。
兄妹です、と訴えても状況次第では中々信じてもらえないかもしれない。

「ほい」

「ありがとう」

横に座った兄さんから紙コップを渡された。中身はオレンジジュースのようだ。甘い柑橘の匂いが鼻腔をくすぐる。

「しかし、困ったなぁ……」

兄さんが広場の中央に視線を向けたままポツリ、と呟いた。

「現状、問題解決は不可能に近いですしね」

私も同じように広場に視線を向けて呟き、そして二人同時にため息をついた。

アセナやオハン達と合流し、お互いに情報交換をした結果に導き出された答えは、


私たちが置かれている現状は不可思議で不可解で対処不能、ということだった。


何故オハン、アセナ、セナの三人の中でアセナだけが日時の誤認を起こしているのか。
逆にオハンとセナが影響を受けなかったのには何か理由があるのか。
時間のズレが起こる際に何か前兆はないか。その回避の方法はあるのか。

そもそもこれは世界に作用しているのか、私たちを狙っているものなのか、その理由、それを行っているものは誰、もしくは何なのか。

挙げれば問題は芋づる式に発生していき、それらに明確な答えを出せない。
結果、最終的に誰もが黙ってしまい問題は一先ず置いておくしかない、というなんとも気持ちの悪い結論に至った。

それから数日経った今でもこの問題は私の胸に重くのしかかっている。
アーネも神妙な面持ちで話し合いが終わった翌日から朝から何処かへ出かけ、夜遅く帰ってくるという行動を繰り返している。

だというのに……。

「何でそんなにいつも通りなんですかねー……」

横目で兄を一瞥し、呟く。
自分に掛けられた言葉だと気づいた兄さんが私に視線を向ける。そして、苦笑を浮かべた。

「異常な状況だからこそ、かな」

兄さんが手の中で紙コップを遊ばせながら口を開く。

「自分の記憶がおかしいかもしれないというのは気持ち悪いし、これを解決する手がかりもないのもなんだか悔しい。みんなの不安も伝わってくる。俺にはさ、このみたちのように突出した力もない。
自分の身を守るのも怪しい。だけど、だから一人くらい普段通りにしている奴がいたら、まあ何とかなるかな、って気持ちが生まれてこないかな、と思ったりするんだ。だから俺はいつも通りにしようかなって」

まあ、それしか出来る事がないとも言えるんだが、と兄さんは困ったように笑う。
それが兄さんが見つけた『今やるべき事』なのだろう。
どんな状況だとしても自分は自分らしく、そうする事によって周囲の暗い空気を明るくしようとしている。
問題は私たちに丸投げするぞ、という宣言にも聞こえるけれどそれは役割分担だということだろうか。

「帰るいつもの場所は用意してる。だから恐れずに一歩ずつ進んでいくしかない、ってな感じかな」

「何て言うか兄さんには前向きに人の背中を押しますよね」

「みんなのほうが俺がやるよりうまくやるしなぁ」

「率先して前に出られても危なっかしくて生きた心地しないですし」

「そうそう。無茶するとみんなに怒られるしな」

「あまり格好が良い話じゃないですよ」

うっ……と言葉を詰まらす兄さんを見ずにカップに口をつける。

でも、それが兄さんらしくて安心はしますよ。

その言葉をオレンジジュースと一緒に飲み込む。
何となく、色んな理由で言わないほうが良いかと思ったからだ。

「でも実際、どうしたものかな」

切り替え、兄さんが言う。

「そうですね……何か手がかりでもあれば良いんですけど」

些細な事で良い。何かの取っ掛かりがあればそこから何かが見えてくるかもしれない。
それがなくて困ってはいるのだが。

「んー、こうなったら神頼みとか？」

その言葉に無言で小首を傾げる。

「さっきジュースを買った露店の近くで占い屋を見かけてな。そこで何か占ってもらう、ってどうだろう」

何でもご相談ください、って書いてたしな、と何故か危機として言う兄に、私は本日何度目かわからないため息を付いた。