カチャカチャと音を立てながら並べられていく食器。
それらの上に盛られているのは彩り豊かな料理。
もちろんその匂いをかいていれば自然とお腹が抗議を始めそうになる。はやくはやく、と急かしたてるが、いかに空腹だろうと乙女の威厳を持って鳴らない様我慢はするし、先に食べ始める事はしない。

しかし……と思いながら並ぶ料理を一瞥する。
狐色に焼け、香ばしい匂いを放つパン。程よい火加減で固まりきらず、半熟すぎずを保つスクランブルエッグは照明を受け、キラキラと光っている。瑞々しい野菜は起きて間もない体を動かすための潤滑油になるだろう。フルーツも用意されていて本当に申し分ない。

そこに並ぶのはごくごくありふれた朝食。

「……」

自分と対面に座るアーネは並ぶ料理を見ながら目をぱちくりとさせている。
対して私はといえば、彼女とは違い不機嫌な顔になっているだろう。
朝が弱いということも少なからず顔には出ているだろうが、大半の理由は別のところにあったりする。

「……」

決してそこに並ぶものが嫌いなわけじゃない。体は目の前の食事を欲しているし、嫌いなものは並びすらしないだろう。

「こ、このみ……？」

黙ったまま、親の仇でも見るかのように直視したまま動かない私に気づいたアーネがおずおずと声を掛けてくる。声を掛けずらいほどの雰囲気をかもし出しているらしい。

言葉なくアーネに視線を移すと彼女はビクリと体を揺らした。

「よし、待たせたな」

一瞬とは言え、アーネにとって居心地の悪い時間はその声で一気に霧散する事になる。

私達の視線が声の主に向けられる。

「……ん？どうした？」

そこには湯気の上がるマグカップを三つ持ったまま不思議そうに首を傾げるエプロン姿の兄、聖だった。


「む……おいしい」

絶妙なスクランブルエッグを口に入れたアーネは驚きと共に言葉を漏らす。

「口に合って良かったよ。塩辛かったり、甘すぎたりしないかな？」

「丁度良いわ。こんなにおいしなもの、初めて食べたわ。何か特殊な何かがあるのかしら」

「いいや。普通に使うものしか入れてないぞ。簡単だからこそ塩や砂糖の微妙な量の違い、火加減で味が変わってしまうから丁寧に作る事を心がけてるだけかな」

ぱくりとスクランブルエッグを口に入れる。確かにおいしい。塩加減も、甘さも、ふわふわとろとろ感も絶妙だ。

「ジャムを……あら？そっちの赤いのは何かしら？」

「ああ、これは市場に出たときに果物屋のおばちゃんに勧められた果物をジャムにしたんだ。酸味と甘さが妙にマッチしてるから、ジャムにしてみたらおいしいかなって。初めて作った割にはおいしく出来てると思うぞ」

「そう。じゃあ試してみようかしら」

未知への好奇心を隠し切れない様子に兄さんは笑いながらジャムを手渡している。
その横でまさにそのジャムをのせたパンをかじる。……口の中に程よい酸っぱさと甘さが広がっていく。……おいしい。

食事は進んでいく。アーネはよほど兄さんの料理がおいしいのか。食べながらあれこれと質問をしたりしている。
それに兄さんは得意げになるわけでもなく、さも当たり前のように答えていく。


ぱくぱく。もぐもぐ。ずずーっ。はむ、むぐむぐ。


「な、なぁ……このみ、さん？」

何故か額に汗をかき、何故か私をさん付けで呼ぶ義兄。

「なんですか、兄さん」

「いや、なんか強烈な視線をあなた様から感じるんだが……。口に、合わなかったか？」

「…………はむ」

口に合わないことはない。朝食としてバランスも食べる相手の事もしっかり考えられてるし、簡単なようでいて手間ヒマも掛かってる。
純粋においしい。
それを訴えるようにパンを人齧り。
咀嚼してうろたえる兄に一言。

「……また、腕を上げましたね。にぃさん」

自分でも、誰の声だろう？と思うほど低い声が出た。呪詛に似たそれに兄さんの笑みが引きつる。

兄さんは家事全般を得意とする。その中でも料理がもっとも好きで、あれこれと試行錯誤してレパートリーを増やしていく。物を作ったりするのが好きなのも理由かな、と聞いたこともある。

兄の料理の腕が上がるのは良いことだと思う。素直に尊敬もするし、それを食べるのも好きだ。

でも、ライバルとしては面白くない。

私も料理は不得意ではない、一般的に言うと上手なほうだと思っているし、自他共にそう評している。
でも、兄さんには勝てない。勝てた、と思ったことがない。
私が料理を作ると、もちろんおいしいと言い食べてくれるのだが、私はそこで満足したくない。
おいしさのあまり驚く兄が見たい。
それが料理ライバルとして、一人の女性としての目標だ。

しかし、兄はその背中に簡単には追いつかせてはくれない。
恐らく私がここに並んでいるものを同じように作っても、兄さんほどの味が出せるとは思えない。
悔しいが、絶対兄さんの作ったもののほうがおいしいと思う。

私も時間がある時は料理を作って腕を磨いているのだけれど、最近は何かとバタバタしてそんな余裕も時間もなかった。

その間も、兄さんは料理の研究をしていたのだ。

戦闘とか面倒ごとを！
私に！
任せて！

それが何だかとてもおもしろくない。
寝起きでまだしっかり働いてない頭のせいで余計に思考がマイナスなのは自覚はしているが、この妙な気持ちはどうしようもない。

「まー、その。ほら、俺に出来る事はこんな事くらいだしなぁ」

苦笑するその姿に更にムッとする。兄さんは自身を過小評価しすぎる癖がある。
そんなことないのに、と言っても返ってくるのは苦笑や謙遜。
兄さんにしか出来ないことも多いというのに。まあ、今はそれは脇においておく事にしよう。

このまま料理の腕の差をつけられるのは悔しい。時間を作って料理をしようと心に決める。

「……負けませんからね」

「あははは、は……」

宣戦布告とも取れる言葉に兄さんはやはり苦笑いを浮かべる。

「…………？」

私達の会話が見えないアーネが不思議そうに私と兄さんを見て首を傾げていた。