気がつくと俺は『赤』の中に居た。
箱を覗きこんでいた時に見えていたような
様々な色の『赤』。
濃い赤、淡い赤。
くすんだ紅、鮮やかな朱。
色とりどりの『赤』が好き勝手に動いている。

・・・箱の中なのか？

ぼんやりと赤い空間に漂っていると
頭の中に声が響いた。

『タケト・・・目を開ける。自分の目で見る』

え？俺は見えているよ・・・
この『赤』で染まった世界を
見ているよ？

『目を開ける。その事が必要。
　赤に飲まれてしまう前に・・・
　存在が溶けてしまう前に・・・』

頭の中に聞こえてくる声の主が誰なのかも
言われている内容も良く分からなかった。
ただ『目を開ける』と言う事が必要なのだと
それだけは理解できた。

見えているのに・・・
目を開ける必要もないくらい
見えているのに・・・
そんな事を考えながら、俺は目を開けた。

そこには俺を覗きこんでいる少女がいた。

『良かった・・・溶けてしまう前に目を覚ます事が出来た』

安堵のため息が俺の顔にかかる。
そんな距離。
俺は慌てて身体を起こすと、少女の額に盛大にぶつかった
ぶつけた衝撃と寝起きのぼんやりした感じで
揺れている頭で辺りを見回すと
そこは『赤い部屋』だった。
家具や調度品、壁紙や絨毯まで
色合いの違う赤に揃えられた『赤い部屋』

「ここはどこなんだ？俺は一揆軍に入って・・・」

答えを求めるように少女の方を見ると
楽しそうに部屋を眺めながら頷いたり首を傾げたりしている。
自分の部屋なのに？

『そうか。タケトの中ではこういうイメージなのか・・・』

部屋だけでなく自分の身体も不思議そうに眺めている。
なんだろう・・・この子の言っている意味が良く分からない。

『タケトは『タケト自身』をそういうイメージで捉えているのか』

うんうんと１人で納得している少女。
俺はもう１度尋ねた。

「ここはどこなんだ？お前！・・・いや、君は誰なんだい？」

『ここかい？ここは箱の中の世界さ』

少女は俺の周りをゆっくりと歩きながら説明を始めた。

ここは箱の中の世界。
本来、君自身と契約するはずだった火のエンブリオ『サラマンダー』のいる世界。
阿僧祇と言う異世界の物が介入することで間接的にしか接触を持ってこなかった・・・持つ事が出来なかったタケトとサラマンダーの新たな契約の場。

『理解出来て・・・無いみたいだね』

「エンブリオとの契約は今までもしてきたじゃないか。おかげで色々な魔法も使えるようになってきたし・・・サラマンダーの力だって使ってきた」

『それは半分当たっている。でも半分でしかない。
　残りの半分はハズレって事だよ』

少女はクルリと向きを変えると
反対周りで歩きながら説明を始めた。

『君が契約してきたと思っているエンブリオ。
　実は全部、阿僧祇の管理下にあったんだよ。
　彼女がタケトの呼吸に合わせてエンブリオの力を発現させてい　　た』

ただ、阿僧祇も自分の支配下にあるエンブリオの制御に思いのほか手こずっているらしく、その一部を俺に委譲することにしたのだそうだ。

『まぁ、基本的には今までと何も変わりはないよ。
　使いたい時に魔法のイメージを持って叫んでくれれば良い。
　理解できたかな？』

・・・半分くらい
「要するに、今までと一緒ってことなんだろ？」

『その通り！すごいなタケトは・・・
　阿僧祇に聞いてた通り、理解力の無い頭の悪い子だったよ』

少女はケラケラと笑った。

「んー？ってことは・・・？
　君は火のエンブリオ『サラマンダー』って事なのか？」

「やっとそこが理解できた？」と言うと尚更可笑しそうに笑い声を上げた。
なんだろう・・・そんなに涙が出るほど笑わなくたって良いだろうに。

　「しかし、驚きだな。『サラマンダー』がこんなに可愛い女の子の姿をしているなんて」

なんとなく雰囲気を変える為に呟くと、
少女は笑うのを止めた

　『それはまるでハズレ。見当違いも甚だしいな。
　こんなに可愛い少女の姿を与えてくれた事は感謝している　　　　がな・・・。ここはイメージの世界なのだ。
　すべてに形を与えているのは、タケト・・・君なんだよ？』

また訳のわからない事を言いだした。
「もうちょっと分かるように説明してくれよ！」
俺の言う事なんてまるで無視するように天井を見上げた少女は
視線を俺に向けると

　『タケトに理解させる為には時間がないようだ。
　目を覚ます時間だ。
　また機会があればゆっくり話そうじゃないか』

差し出された手を握ると
また意識が遠退いていった。

　『契約は成立だ。一緒に戦おう』

そんな言葉が聞こえたような気がする。



目を覚ますと阿僧祇の顔が目の前にあった。
俺の顔を覗きこんでいたようだった。
慌てて身体を起こすと、阿僧祇はヒラリと衝突を回避した。
そして、何も言わずに立ち上がるとテントの出口へ向かっていく。

「おい、阿僧祇。なんか聞いたりしないのかよ？」

少しだけ足を止めると、振り向きもしないで阿僧祇は言った。

「何か聞くべき事があるのか？私は寝ぼすけなバカ者を起こしに来ただけだ。どうやって起こしてやろうかと考えている最中に勝手に目を覚ましてしまったがな・・・」

俺には目を開けた時に阿僧祇の表情が見えていた。
それは阿僧祇も分かっているだろう。

「すぐに出発の時間だ』

俺は急いで荷物をまとめるとテントから飛び出した。
サラマンダーの宿ったオーブが
右肩の辺りに浮かんでいる。
そう。
これが俺の新しい力！