僕にはかつて、この一揆で為すべき、目的が無かった。
　記憶がなかったこともあるが、それ以上に恐らく、自我という奴が抜け落ちていたのだ。

「僕は弱いから。」

　いつだって、そう言ってきた。
　弱きものは何かを望むことなど許されず。
　弱きものは餌であることを甘受せねばならない。

　だから僕は望まない。力有る者の先導のまま流されていればいい。
　どうせ、あの。

　あの絶対的な化物には、敵わないのだから。
　

　　　　†

「ま、心配してるわけじゃないわ。それなりに強いのは知ってるし」

　かつてネロスフィーネ・アバドにそう言われた時。
　僕は、初めて自分の意思というものを持ったように思えた。
　生きる者としての意思。僕——ミラルカという意思。

　化物の血肉から発せられる記憶に取り憑かれたのも、この頃だ。
　自分のない僕に、自分という存在を与えてくれるエンブリオの記憶は、あまりにも甘美な味わいだった。他者を踏み躙ってでも得たい味わいだった。
　恐らく、化物狩りを生業としていたノエルの影響だろう。それが悪いことだとは、一度だって思わなかった。


　　　　†

「人は、人でなくとも、何時かは「消える」んだよ。」
　風斬東は、僕の中の異形に気が付いているようたった。そして、僕に望み、自我がないことも。
　僕はたとえ彼が消えたとしても、彼の生きてきた軌跡。
　行動、言葉、思考。
　それら全てを、忘れることはないだろう。

　もしまた記憶を喪ったとしても。
　忘れることはないだろう。そう、思った。

　　　　†

「カーミラ」
　風化した廃墟の、屋根の上。僕はぽつりと、そう呟く。
「それが、あなたの名前？」
　背後より現れる女性の声。
　僕は声の主に会ったことはないが、声の主を知っていた。

「違うよ。僕の名前は、ミラルカだ」
「そう、君が、ミラルカ君」
「そういう君は。ラフィン・A・コッポマン」
　ラフィンは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに平静を取り戻したらしく一つ息を吐く。
「ノエルの記憶を見たの？　血液という部位に認識された記憶から、電気信号を再生する《始祖》なら、それも不思議ではないけれど」
「そんな仕組みだったんだ。……《化物殺し》の君がここに来たということは。僕を殺しに来たのかな？」
「明らかにしにきたの。殺すかどうかは、それから決める」
「明らか？　一体、何を明らかにしようと言うんだい」

「そんなの、決まってるわ。
——誰が、貴方を、殺したの？」

個人的な所見によるところが大きいが、と青年は付け足す。