「楽しみましょう？　……長い長い、夜を。」
　そう言って笑った彼女は、どうやら既に心を決めているようであった。
　銀色の瞳が薄暗い兵舎で、揺らめいた。
「君はリリスだね」
　その異常な程に美麗な姿を、見紛うはずがない。目の前の彼女は、フラウが執着していた女悪魔だった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 リ リ ス
「……、やっぱり、そうなのね。——そうよ。私は、悪魔。だったらどうなの？」
「君を殺す」
「そう」
「……怖くないのか？」
　あまりにも無味乾燥な返答を受けると、思わず偽善的な問い掛けをしてしまった。
　何を今更と言われるかもしれないが、やはり魔物を殺し、あまつさえその血肉を食らうなど。抵抗感は大きかったからだ。
「ねえ、ノエル」
　質問を無視してリリスが言う。どうやらその言葉は、僕に向け投げかけられているらしかった。
「僕はミラルカだ。ノエルなんて奴は——帽子の男のことなんて、知らない」
　青竹色の帽子を、浅めに被り直して言い放つ。
　——そう。僕は、ノエルという男のことを知らない。知らな過ぎると言っても良い。
　
「どっちでもいいわ。……約束、ちゃんと果たしてよ」
　この女の血肉を綴れば、その約束とやらも解るのだろうか。

　　　　†
　
「楽しみましょう？　……長い長い、夜を。」
　銀色の瞳が薄暗い兵舎で、揺らめいた。
「君はリリスだね」
　その異常な程に美麗な姿を、見紛うはずがない。目の前の女は、フラウが執着していた悪魔だった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　リ リ ス
「あら。私を目当てに来たのね。——そうよ。私は悪魔。だったらどうなの？」
「君を殺す」
「！」
「フラウには悪いが。悪魔は野放しにしちゃおけない」
　鉤爪の装着された手甲を構え——斬り掛かる。
「化物狩りって訳ね……誰の差し金？」
　平然とした様子で躱し、毒を撒くリリス。
　ポケットから、青緑の十字架を取り出し掲げる。
　リリスは十字架を見ても「へえ」と驚嘆した様子を見せるだけであったが、撒かれた毒は十字架へ吸収され——消えていった。

「そんじょそこらの、異世界かな。異世界の、差し金」
　鉤爪の装着された、右腕をリリスに向ける。
　甲に有るボタンを押すと——白銀の刃が、悪魔へ射出された。



　僕——ミラルカ・ハウダニットは、リリスの死体を漁り血液を飲んでいた。口の中一杯に広がる鉄の味。何だかこれに慣れている僕がいて、それが酷く恐ろしいように思えた。
「ノエル、だったか」
　リリスは、僕のことをそう呼んでいた。記憶の中で、戦闘を繰り広げていたあの男——彼が、ノエルと見て間違いないだろう。

　傍らに横たわる、リリスの死体を一瞥し、思考する。
　彼女は、今の今まで生きていた。それは僕が確認しているのだから、間違いない。ならばノエルは、リリスに殺されてしまったのだろうか？
「……いや、それはない、か」
　僕のことを「ノエル」と呼んだ以上は、その可能性は薄いはずだ。わざわざ殺した相手の名前を呼ぶ程に、彼女が狂っていたのなら話は別だが。

「まあ、別に。もう少し、吸えば解るかな」

　　　　　†

「殺すんじゃなかったの？　悪魔を」
「殺すよ。だから、君の血を吸ったんだ」
　さも、平然と答える男。底の見えない奴だわ。

「何故そんなことを？　すぐに殺せば良いじゃない」
「それは無理だ」
　私が二度目の「何故」を問いかける。
「無理なんだよ。お前はフラウの、友達だから」
　どうやらこの男、フラウと知り合いであったらしい。
　雪女である以上、彼女も妖魔の類であることに疑いはないはずなのだが。もしかすると、悪魔専門のエクソシストか何かなのやもしれない。
「じゃあ、殺さないのね」
「いや、だから殺すって」
　要領を得ない男の様子に、苛つきを覚える。殺すなら今すぐに殺せばいいのに。

「心底憎いのは吸血鬼だけだからさ。お前を吸血鬼にしておけば、そのうち怨恨が友情に勝って殺せるだろ」
　そんなことを言われたら、殺される前に逃げるに決まっているのに。
　どうやらこの男、相当に阿呆であったらしい。

困惑する少年に対し、少女は笑みを崩さずに言う。

これを見てください、と少年に手元の羊皮紙を差し出す。

さて、これをたまたま拾ってしまった私はどうすれば良いのでしょうか？
と、笑みを浮かべ少女は続ける。

男は目を覗き込むように屈み込みながら、ぶつぶつと呟く。

口の端から言葉が漏れる。

あなたが開いた本を、ファイはじいっとみつめる。

絵を指さしながら、あなたに確認する。
どうやら、物語に浸っているようだ。

走る、という漢字が読めなかったようだ。
該当の文字を指さしながら、あなたに質問をする。

そう言いながら、薙疾は武器を構える………型落ちしたものを。

　　　　 "!?"

言って薙疾は薙刀を構える。